アトリエkeiのスピリチュアルなシェアノート

keiatelier.exblog.jp
ブログトップ

タグ:変化 ( 7 ) タグの人気記事

今週のメッセージ:ミカエルのオラクルカード:過渡期にいるあなたへ

f0362457_15094146.jpg

過渡期にいるあなたへ

見るもの全てがあなたの目の前で変わっていきます。
それは全て、あなた自身が変わってしまったかのように感じますが
そうではありません。
瞬き一つの瞬間にあなたは自分の本来のものを外に出しているのです。
見たことのなかった自分を今たくさん発見しているのです。

もう少ししたらあなたは夢から覚め、
おとぎ話を完全に終了させます。

そうするとあなたが向かっている先にあるものは
決して敵対するものではなく
あなた自身を表現する別の形であることがわかるでしょう。
その姿は決して醜いものではなく
自分と同じ美しい存在であることがわかるでしょう。
それはまるで魔法が解けたかのような感覚で、
あなたの中に平和と安心が広がります。

キーワードは「ユーモア」です。
不思議がるものの中に「おかしさ」を見つけてください。
そうすると本当の姿が見えてきます。

あなたの中の本当の世界がみえてくるでしょう。

大天使ミカエル



今週のメッセージでした^^
変化を目の当たりにすると人は怖くなります。
どんなことの中にも「ユーモア」を見つける、それはちょっと力を抜くことだともいえるかもしれません。
そうすると冷静にもなって、いろんな「問題」と感じていたことが実はそうでもなかったということに気づけるかもしれませんね。
昨日はワンコの散歩から帰ってきて「今何時だ?」とスマホを玄関で見たら、なんと「11時11分」^^
f0362457_15105122.jpg
今年も見逃さなかったようです♪
で今日はなんだか体中が痛い…^^;特に背中が^^;
エネルギーが強いときに良くこうなります。
今この投稿をして気がついたのですが、、なんとなく雰囲気と色が好きで待ち受けにしたこの写真のモデルさん、、「赤毛」だ…。。。
潜在意識、おそろしや!
名残惜しい気もするけど、スマホ変えたら待ち受けも変えようかな。。

ということで、皆様、今週も良い1週間を〜^^♪


[PR]
by atelierkei-0520 | 2018-11-12 15:48 | 今週のメッセージ

夏休み中のつぶやき:大地と繋がること

f0362457_22023870.jpg
今見えないところで大きな大きな変化が起きていて、少しづつそれが現実に現れ始めている。
自分にも、社会にも、地球にも。
エネルギーがシフトする時には必ず「揺れ」が起こって不安定になる。
そんな時期に大切なこととして、最近つくづく思いを馳せることがある。

それが「大地と繋がること」
これは、「大地のエネルギーを感じてみましょう」とか「森の中に入って自然を感じてみましょう」とか、そういったスピリチュアルでよく言われることではない。
そうではなくてね、
実際に「触る」こと。
大地を触ること。
ものすごく原始的で3次元的なこと。
そして、3次元的に今自分がここにいて、手で触る大地が目の前にあるってことを確認すること。
それが、めちゃめちゃ人にとって大切なことなんではないだろうかと、気づき始めたのでした。

以前ひょんなことから、庭で裸足になってただ立つというのをやることになった時、不思議な感覚になったことがあった。
ひんやりとした硬い地面の上に乗せた足の裏からふくらはぎにかけて、ぶわ~と何かエネルギーのようなものを感じて、「あ~、これがグラウンディングってやつか?これが繋がるってことか?」と思った。
この時はこれだけで終わったんだけど、最近またひょんなことから「大地と繋がる」を思い出して、ワンコの散歩前の朝の4時半頃、庭でこっそり裸足になって立ってみた。
新聞配達の人に見られて変な人だと思われたくないから、立った時間は30秒くらい。
そそくさとすぐに靴をはいたんだけど、また不思議な感覚になった。
すごくすごく気分がよくて、また裸足になって大地に立つことをイメージすると、心の奥から嬉しさやワクワクが沸き上がってくる。
そしてふと、こう思った。
「あたりまえじゃん、だってここにはそれをしに来ているんだから」って。

私たちが生きている「今ここ」のこの場所は、宇宙で唯一五感でエネルギーを感知できる場所。
あっちの世界でも「大地のエネルギー」はあるだろう。
でも手や足で「大地」を触れるのは「ここ」だけ。
「エネルギー」というものの別の形を体験しに私たちは「今ここ」にいる。
その素晴らしさ、その奇跡、
それを、もっともっと感じられたらいいのにと思う。

心が孤独になったり、不安になったり、そういう時は、人はこのことを忘れている。
だから、そんな時は、もう一度足元の「大地」を触ってみるといいと思うのでした。
そうすると、自分がなぜここにいるのかを思い出せる気がします。

[PR]
by atelierkei-0520 | 2018-09-01 22:29 | つぶやき

夏休み中のつぶやき:静かな、でも決定的な個人的エネルギーの変化を向かえて

f0362457_21131929.jpg
先週7月20日から3日ほどとてもエネルギーの高い日を感じて過ごしていました。
こういう時期のいろんな兆候を感じながら、なんとなく過ごしていたら、なんと今週の月曜に「どかーーーん」とエネルギーの変化を向かえてしまいました。
私的には「どかーーーん」なんですが、実際はとても静かで、人に話せば「へ~」くらいで終わる表面的にはたわいのないことでもあります。
でも、当の私のエネルギーは前と後では大違いという、大変な変化となりました。

どんな人にも、他人からすると大したことなくても、また、自分でも理性は「大したことない」とか「その時はそれで精いっぱいだったからしょうがない」と処理しているようなたわいもない「トラウマ」といってしまうのも大げさかなと思う「思い出」のようなものがあるかと思います。
でも実際はそういう些細なものは「大したことない」どころか、本来受け取る予定のエネルギーを生涯にわたって受け取らせないようにするような、また本来流れるべきエネルギーをブロックしてしまう強烈な「栓」のような存在である場合も多々あります。
月曜の夜に経験した「気づき」は私が「あ~、これだけはたぶん今世では浄化できないかもね。それでいい。その方がいい。」と無意識で思っていた心の深い深い所に埋まっていた「栓」が「すぽーーーん!!」と抜けちゃった経験となりました。
そして抜けて初めて、その「栓」が自分にとってどれだけ影響があったのかをしみじみと感じることになりました。

きっかけは「インナーチャイルド」に思いを馳せることになったことでした。
なんとなく、インナーチャイルドについて考えていると、過去の自分のちょっとした「思い出」がいくつか湧き上がってきました。それは「やってみたらいいのに結局できなかった」思い出とか「自分がふがいないばっかりに赤っ恥をかいた」なんていう屈辱的な思い出などで、思い出しながらいつものように「あ~、しょうがないね、勇気がなかったね」と思う反面、「自分がもう少しこうだったらできただろうに」という当時の自分を採点する自分も同時にいて、またいつものようにそのままの状態で思い出は心の奥に沈んでいこうとしたのですが、この日は突然「どかーーーん」と気づきがやって来たのです。
それは「え、ちょっと待って!!ちがう!そうじゃない…そうじゃなくて、ただ、、ただ、、私は、守られていたんだ!!」ってことでした。
「出来なかった」のは「出来ない自分だったから」ではなく、私を大切に思う大きな大きな存在たちが「させなかったんだ」ってことに初めて気が付いたのです。
なぜさせなかったのか。それはもう「守る」ためだったのだと気が付きました。
私が、私として必要な経験をして、今ここにいるために、私を大切に思ってくれている存在たちが、まるで宝物を扱うかのように、時には身を挺して、そっとそっと、ここまで運んできてくれていた。
「必要な傷以外は一切私に傷をつけない」その存在たちの意思は絶大で、全ての場面で私は強力に守られていました。
そのことに気づいてしまいました。

これらの思い出は常に私に「ちゃんとできたらよかったのに」という後悔のようなものを感じ思いださせるものでした。
でも今まで私の思考はそこ止まりで、仮にそれが「できちゃった」場合のその後について考えたことはなかったんですが、月曜の夜はふと「できちゃった」場合、それによって起こる様々なことが冷静にリアルに見えた時、それはかつての私が思っていたような明るいものばかりではなく、むしろそれこそトラウマになってしまうくらい「傷つく」という形でその経験を完了することになったのかもしれないと気がついてしまったのです。
そして、そんなイメージの経験は私の中では「もういい」となっている経験で、そこに行く前にちゃんと止められていたと気がついたのでした。
過去の「出来なかった」とか「穴があったら入りたい」とかそういった大げさに言うと「屈辱」とも言える記憶が、一気に「ただ愛されていた」という記憶に置き換わってしまいました。
そのとたん、私の全身の力が抜けて、私に注がれるエネルギーがどわーーーとなんの滞りもなく私の中を流れていくのがわかって、その感じがものすごくものすごく穏やかで幸せでした。

アイスランドから帰ってきて、自分の体と向き合って、食べ物を変えたり、自分に向いている運動を探したり。
体については「やっぱ難しいな」とへこむこともありました。でも、「私はもう一度自分の体とちゃんと付き合いたい。この体でいろんなことがしたい!」と体に話しかけていたら、自分の体の「キー」となる部分を見つけることができ、それに導かれると、めきめき体が元気になってきています。
ジュエリーの制作で「ワクワク」を取り戻しつつあった時、腱鞘炎になってしまい、ここでも体でへこみかけましたが、ヒーリングで持ちこたえ、諦めず腕の使い方を再検証してアプローチしていたら、なんと今まで絶対に付かなかったところ、またそこは腱鞘炎で激痛を起こした腕の部分でもあるのですが、そこに「筋肉」が付きだしました。そして、今腱鞘炎は治っています。平ぺったかった私の頼りない腕が丸く立体的になって来ていて、見た目も健康そうになってきました(自分だけがわかる些細な変化かもしれませんがね^^;)。
足にも久々に筋肉が少しだけ戻ってきました。今背中にその流れが来ています。
そんな中、大きなエネルギーの変化を向かえ、今日、何気なく立ち寄った本屋さんで読んだ本に「運気は背中からやってくる」とあり「おお~!なんかバッチリやな、私!」とご機嫌になりました。

体が元気になると、心が変わりますね。
心が元気になると、体も整う方向に動き出します。
どちらが先とかいうものではなく、どちらが先でもよくて、でも同時に起こるものでもあって。
「私は愛されていた。どんな場面でも、どんな時でも。今愛されているだけではなく、過去でもいつもいつも愛されていた」
両親以外でそこまで自分を愛してくれている存在がいるんだってこと。
自分は無条件に愛されるに値する存在だったってこと。
それに気が付いた私は、どこまでも幸せでした。
そしてそれに気が付くことができて、本当に幸せです。

[PR]
by atelierkei-0520 | 2018-07-25 22:21 | つぶやき

動く!!!

f0362457_22352132.jpg

つい先日、20年前から続いているいつものメンバーの集まりで衝撃告白があった。
ここ数年、いつもみんなで集まっては「何かないの??」と誰かが聞くと「別に。なんもない。いつも通り」がみんなの口から繰り返されていて、そのやり取りはある意味「恒例」となっていたのに、先日の友人の告白はかなりの大変化の衝撃告白だった。
だけど実際は、この友人がそうなったからといって私には何の影響もない。それはあくまでも彼女のプライベートのことだから。

って、思うよね。。でも、そうじゃないんだ。
自分が全く変わっていない、または自分の状況は全く変わっていないと思っていても、自分の向こう側が変わると、その変化がこちらに現れる時は、まずは自分が見ている風景から変わっていく。
いつもの風景。いつものお店。いつもの職場。いつもの友人たち。いつもの家族。いつもの家。
何年も同じだった「いつも」が変わる時、それがサインだったりする。
もちろん全てではないけど、どれがサインかは自分自身が一番よく分かるもの。
そういったものを見つけた時に、「あ…」と思う。
ここ数日そういう事が立て続けに起こっている。

動く前はものすごく静かだったり、大きく沈んだり、どうしても動けなく感じたり、またどうしても動きたくないと感じたり。
そうやって、自分自身が重く動かなく感じても、周りからサインが来ることによって、「動くしかない」のだろうとは思っていた。
「動けない」と思っているのに、どうやって動くんだよってうんざりしながら、そこんとこ教えてくれって上にお願いしていたら、昨日今日と立て続けに頑固な私を納得させてくれる「導き」があった。
そうして「は!」としたら、その後、これまたびっくりなタイミングでもう動かざるをえない大きな衝撃があった。
それはあんまりいいことではないというか、かなりショックなことだったけど、それを目の当たりにした時にやはり「動く!」を実感した。
もう留まれない。。先延ばしにできない。

「変りたくない」「このままでいたい」
時に「動きたいのにどうしたらいいかわからない」とか、「何をしたらいいのかわからない」とか「もううんざりなのに何も変わらない」っていうものの裏には、実はそこから離れたくない自分がいる。
でも、裏に「変化」を嫌がる自分がいる場合、それこそが大きな「変化」の流れがやってくる予兆でもある。
「変るから」もうそれが分かっているから、「変りたくない」「離れたくない」となる。

「動く」ことはわかったから、「動いた時に必要なことをやる」と決めました。
「動く」のがこの今の瞬間ではないけど、少し先の未来の「動く」に必要なことを今やっておくこと。「動く」時にはもうできないだろうことを今やっておくこと。
その為に「サイン」があるし、その自分が決めた未来と今を結ぶために行動する。

人は人生のなかで心臓の鼓動のように「伸縮」を繰り返す。
これはまだ証明されていない量子の特徴でもあるみたいだ。「形」と「霧」を繰り返す。
その繰り返しが、動きとなり「生きる」ということになり、現実を創っていく。
f0362457_22225991.jpg
変化の兆しの一つに、昨日この写真の石を頂いた。
不思議な色のフローライト。
まさに「宇宙」!
この石は意識を宇宙意識に拡大するらしい。これをおでこに乗せると「考えすぎ」を防いでくれるとか!
まさに「考えすぎ」の私に必要な石!
早速昨日の夜、布団の中で試してみた。
不思議なんだけど、おでこに乗せても「乗せてる感」があるのは初めだけで、その後忘れるくらい重さを感じなくなる。
感謝です^^♪
「モノの整理。早急に周りを片づけること。そうしなければ同時に起こることに対処できない」
先月ミカエルさんにこう言われていたメモを、これまた昨日発見。。。
いろいろ片づけなきゃと思うのでした。


[PR]
by atelierkei-0520 | 2018-02-21 23:13 | つぶやき

月曜のメッセージ:サイキック・タロット・オラクルカード直観リーディング:17HOPE

f0362457_21064740.jpg
希望をすてないで。

もう少しでそれがあなたの手元にやってきます。
何世代も積み重ね、準備してきたあの約束です。
沢山の魂の希望があなたという人になりました。
次の世代に委ねるのはまだ早すぎます。
これからあなたが体験して行くのです。
津波のように押し寄せる変化に準備してください。

まだあきらめる時ではありません。
自分の魂の声を聴いて、真実の気持ちに気づいてください。
そうすれば、まだあきらめる時ではないとわかるでしょう。

今日はメッセージを受け取るために集中すると、ボーンと大きく「希望をすてないで」ときました。
最近、今年の初めからずっと自分が向き合っていたことを振り返ると、それは何かのための「準備」期間だったような気がしています。そして何故か「そろそろのはず」と思うのです。
何のための準備なのか、何がそろそろなのかは例によってわかりません。
けれど、特に先週からの流れは重要な気がしていて、「そろそろ」とか「いよいよ」とかの前の静けさのような気がしています。
上のメッセージは、かなり高い波動領域からのメッセージですので、現実の何かについて「諦める」とか「諦めない」とかではないと思います。
おそらく、「自分の心の声を諦めないためにも、現実の何かを諦める」ということもあるでしょう。
とにかく、自分の高い部分のところとの連携を今一度強く求められていると感じました。
今週は動き出すんじゃないかな〜と感じています。
とっても静かな変化かもしれませんが、もしかしたら、振り返ると「あ〜、あそこだね」っていう時間になるかもしれません。

皆さま、今週も良い1週間を^^


以下サイキック・タロット・オラクルカードガイドブックから抜粋↓
このカードは、希望、信頼、癒し、熱望、成功、究極の悟りの性質に焦点を当てます。
この「希望」のカードは、不可能が可能になりえることを教えています。


[PR]
by atelierkei-0520 | 2017-10-16 21:32 | 今週のメッセージ

「特異点」に立つ

f0362457_00045011.jpg
昨日はすごい新月だったようです。
情報はこちら↓
スーパーニュームーン(5月25、26、27日)のエネルギー<愛知ソニア>

先日はマヤ暦の新しいサイクルが始まる日だったらしく、そして、地球に最接近するスーパーニュームーン。
一昨日、昨日を経て、今日。ここ数日、変化の第③工程を迎えている私の流れの中での気づきや開放は、なるほど、この新月の影響を受けてだったのだね~と納得。
本当に以前は考えられない地点にいると思っている。
(変化の第③工程についてはこちら→「変化」の工程:変化を自分の現実にするために

ちょっと前にこの「ある地点」のことを「転換点」として熱く書いた。
こちら↓
「思いを現実にするための話①」

そして本当はこの地点を表す言葉として「転換点」という言葉より別の言葉が浮かんでいるとも書いた。
こちら↓
「どうしよう^^;」

ある地点とは「あるがまま」っていうのを受け入れた地点のことだった。この時の体験は変化の第②工程で、まだ現実に下りてくる段階ではなかったと今は思っているけどそれでも一つの大きな変化の中を進んでいるのは間違いないと思っている。

スピリチュアルの道に入ったのは、人生の中でどうしても納得できないことをなんとか納得したかったからだ。いろんなことを知りたくて、情報を探したり、人の話を聞いたり、そしてついには自分で高次元とコンタクトが取れるようにチャネリングやヒーリングの技術を会得したりした。
そうして、辿り着いたのが、なんてことはない、ただ「素直」でいればいいんだってことだった。

こんな答えシンプルすぎて拍子抜けかもしれないけど、実際ここに立った時の感動は言葉にはできない。
だから、この答えのどこが感動なんだ?と感じているうちはまだその地点ではないのかもしれない。
また逆にそんなの当たり前じゃないー、なんで今さらそんなこというのー( ´ ▽ ` )って感じならその人はスピリチャルと言われるものの左脳的知識は必要ないのかもしれない。
これは理屈ではないので、ここで「答えを知っちゃったら、感動が薄くなるのでは?」というものでもない。本当に感覚。だから体験して初めてそれがわかる。
スピリチュアルを探求していくと、結局はみんなここにたどり着いてしまう気がするし、全てはここに来るための道だったように感じている。


でね、この地点を先日は「転換点」と書いたけど、この地点の話をしようとするとどうしても頭から離れない言葉がある。
それが「特異点」という言葉だ。

私は宇宙や物理学の専門でもなんでもなく、しかも完全文系人間で、数字なんかも全くダメなので、こんな専門性の高い言葉を使うのはどうかと思った。
けれど言葉というのはそれ自体が何かを起動させる「コード」の側面を持つので、どうしても「転換点」ではしっくりこないので、あえてこれからは「特異点」としてみることにした。

この言葉はよく「ブラックホール」の説明で出てくる。
大量質量が崩壊する(星の消滅とか)と最終的にブラックホールになると言われていて、その中心に「特異点」があり全てのものはそこに集約されていくらしい。
で、全てのものがその一点に集約されていく感じとかその一点に落ちていく感じが、人生の中でいろんなことに迷い疑い疑問を持ち、騒ぎ、のたうち回って、辿り着いた今回の地点までの流れの形が不思議な感覚で重なった。

ここからはチャネリング情報なので本当かどうかはわからないのだけれど、このブラックホールについて物凄く納得したというか腑に落ちた話があった(どう腑に落ちたかは長くなるのでまた今度機会があれば^^)。

実は私たちが見ているブラックホールはブラックホールが持つ2つの側面のうちの片側だけだというのだ。
ブラックホールが持つ2つの側面とは「吸い込む側」と「出す側」の2つ。
「特異点」というのはこの2つの側面の接点、切り替わる1点のことのようなのだ。
私たちが今見ているのは「吸い込む側」。でも特異点を過ぎるとなんと「出す側」になるらしいのです。
「転換点」という言葉はなんだか転がるイメージで常識の範囲を越えない感じ。
でも「特異点」という言葉はその小さな点の後ろか前かで世界が全く変わってしまうその境目を表す言葉だと感じていて特別感が半端ない。なので今回の体験に「ズバッ」とはまってしまったのでした。

「特異点」を過ぎると、自分が見ている世界が全く別の感覚の世界になる。今まで「ないない」と思っていたのが、全てが「ある」と感じるようになる。
私は少し前にこの感覚になったのだった。

「特異点」を過ぎ、ブラックホールで言う「出す側」に出た時、どんな世界が広がっているのだろうかと思う。私はスピ的に表現するなら、「特異点」は完全に3次元的思考から脱却する時だと感じている。
3次元の魔法から覚める時。
この点には時間は存在しない。だから残念ながら人の感覚では一瞬ではないと思う。
まずはこの「特異点」に入ったら、しっかり立てるようにならなければならない。しかもその「点」は今までのどの地点よりも小さな点で一切のぶれを許さない。
細い棒の上で片足で立つ感じ??!!
ちょっとスパルタ的な書き方しましたが、これは個人的な見解でもあります。もっと緩く通過する人もきっといると思う。
どちらにしてもやっぱりここでもやることは同じなのだ。
自分と向き合うこと。素直じゃない部分を素直にひっくり返すこと。
それだけなのです。
強化月間中これをしていて面白い発見があったので、また紹介します^^

[PR]
by atelierkei-0520 | 2017-05-27 00:09 | 日々の気づき

「変化」の工程:変化を自分の現実にするために

f0362457_21320214.jpg
アセンションの過程でいろいろ体験して、ちょっとづつ見えてきたことがある。
人は変化を望む時、分かりやすく、「ぱっ」と変わることをどうしても期待する。でもどうも物事はそんな風にはなっていないみたい。

いろいろ経験して、そこにはある種の「手順」のようなものがあるということに気が付いてきた。
どうも一つの変化には3段階くらいの「流れ」があるようなのです。

①まずは、「知る」
スピリチュアルな話、エネルギーの話、量子力学から引き寄せの話。それ以外でもなんでも自分の現実とリンクした何かを「へえ~」と感じること。
これが第一段階。
②次は知ったことが自分のものとなる。
「へえ~」と思ったことが分かるようなことが実生活の中で登場し、「はっ!!このことか!!」となる。
この段階で初めて知識が体験になり自分のものとなる。「実感」できるようになる。
ここがものすごく感動する瞬間で、目の前が「ぶわ~~~」と広がって、一段階上がった気持ちになる。ちょっと興奮状態になり、人に語りたくなったりする段階。
(この段階を過ぎて状態が当たり前になってしまうと「言葉にできない」感じになってくる。)

大きな解放感や気づきの感動の後で、大抵、「これでもうわかった!これで変わるはず!!」って思う。
その感覚は、もう明日にでも全てをこの感覚で進めて、全ての問題が解決していくようなワクワクする気分。期待する感じ。
ところがね、「これでもうわかった!これで変わるはず!!」っていうのはある意味間違いないのだけれど、残念ながらここではまだ「全てをこの感覚で進める」にはなっていないのだ。なぜなら、この段階ではまだ感覚を体が覚えていないから。
①と②は、エネルギー上の変化で、私たちの上の方でこの変化は間違いなく起こっているのだけれど、それがこの段階だとまだ「現実」の自分の中には降りてきていない状態。
だから現実はまだ全然変わらない。
ただし、エネルギー的に変化してしまっているから、この変化はどんなことがあっても必ず下に降りてくる。それは別の意味で言うと、絶対に感覚を変えざるをえない様々なことが起こるってことで、ここ勘違いしやすいんだけど下りてくるっていうのは、決して自動的にそういう状態になるのではなく、あくまでも自分がこのエネルギー状態になるために様々なことに取り組まなければならなくなるって意味なんです。これに気が付かず抵抗すればするほど現実の事象はややこしくなる。より激しい体験によって気づかせようとするんだよね。
そして、その絶対に避けて通れないのが次の工程③!

③徹底的な練習!!体に叩き込む!!

はあ…そうなんです。この③がもっともみんな手こずるところなんじゃないかと思う。
③の時期に入ると、何度も、まるで確認されるかのように掴んだ感覚を試されることがやってくる。それは状況だったり、人が持ってきたり、自分の中から「分かった!」ことで卒業したと思った感情が何故か激しく湧き出てきたり。
この時は、新しく掴んだ意識に軸を置いてひたすら自分自身と向き合い、一つ一つ自分の鎧をはいでいくしかなく、それを続けているうちにまた何度も気づきがあって、やっと、「ただそうである」状態になる。
こうして、「ただそうである」状態になった時、初めて自分の内側の周波数が「そういう周波数」になって、それに合うものが次々と現れだすのです。

今私は、物凄く大きな「わかった!!」を通過したので、強烈スパルタ強化月間に入っています。
「うわ~、、きっつう…」って正直なってましたが、今日ひたすら、「もう3次元の思考は卒業!!もう十分!!次行きます!!次!!みんな!助けてくれい!!」と心の中で宣言していたら、知り合いの何気ない体験話が、私の重い鎧をぶち壊し、また「グワン!!」と解放されました。
強化月間なので、もちろんこれで終わるわけではなく、感覚を継続することを求められています。
今日掴んだ感覚でまたしばらく過ごしてみます^^;
私のハイヤーセルフ、超スパルタ。でもちょっとづつ分かってきた~!!
関わってくれる全ての存在にまた感謝です。

[PR]
by atelierkei-0520 | 2017-05-24 21:48 | 日々の気づき