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映画「天気の子」

今日の投稿は映画「天気の子」を先入観なく見たい!という方はスルーしてくださいね^^
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先日、映画「天気の子」を見てきた。
アニメと言われたら、スタジオジブリかディズニーしか知らない私が見る「今の世代アニメ」の2作目だ。
初めて見た「今の世代アニメ」は同じ監督の「君の名は」という映画だったが、その映画が自分が見ていた夢の設定にそっくりで驚いた。
これを見るきっかけになった話や感想は以前こちらに書いた↓




今回の「天気の子」も前回同様「予告編」を見ただけでは、特に「見たい」と思ったわけではなかった。
「君の名は」にしても「天気の子」にしても、予告編で強調されるのは若い男女の運命的な恋の話の方で、ちょっと私には世代が違うせいか、そこが「こそばい」感じで首をすくめてしまう感じなのだ。

実際見てみると、やっぱりそこは「こそばい」。
女の子の動きも男の子の動きもどこかドラマチック、ロマンチックすぎて、その部分に関しては私にはスタジオジブリの作品の「ほのかに醸し出す」感や、ディズニーの完全に日本文化の外側で思いを歌で表現しちゃうなんてくらいの有り得なさの方が、エンターテイメントとしてしっくりきてしまう。
だから、はっきり言うと「今の世代アニメ」は苦手だ。

だけど、どちらの作品も実際見てみると、何故か心に深く深く突き刺さる。
それはたぶん予告編が強調するストーリーではなく、毎回その作品の奥に丁寧に敷詰められているもう一つのテーマのようなものの方だ。
今回の作品は、その日会おうと約束していた友人の一人が何故か突然「天気の子っていう映画がみたい」と言い出し、集まるメンバーで見に行ったもので、またも私が特に希望したものではなかった。

でも全て見終わって、改めて映画を振り返って、驚いた。
なぜなら、今回の「天気の子」の奥に敷詰められていたテーマは、まさに今週「今週のメッセージ」でチャネリングしたイエス様からのメッセージそのままに感じたからだ。
ちょっとここに一部編集してもう一度乗せてみたいと思う。


今日は強さと勇気についてお話ししたいと思います。

自由に生きると言う事は
人としてこの3次元に生まれた皆さんに約束された真実です。
ですから皆さんは
いつでもその原点に立ち返ることができます。

けれど実際はどうでしょうか。
とても難しいですね。
何をしてもいいと言われても
自分が何をしたいのかを認識することさえ
難しい人もたくさんいると思います。

自由に生きるという真実のもと
皆さんは様々な決断という場面で強さと勇気を必要とします。

皆さん
強さと勇気というのは
原点に立ち返ることを選べるかどうか
その心の動きのことです。

皆さんは、決断し次の道に進む時
必ず
自らは自由であると言う原点に戻ることになります。

それは自由意志のもと存在する自分自身を認めるのと同時に
そのすべての責任を自ら負わねばならないことを意味します。

だから皆さんはそこで強さと勇気が必要となるのです。

強さと勇気を持つためには現実を直視するしかありません。
自分は自由であるということを認めるのです。

今目の前にある光景も
気に食わない現実も
全てが自由である自分のもとに起こっているのだということを
認めることができますか?


さて、皆さん

あなたは自由だと言われたらどうしますか?
どう生きますか?
どうありたいですか?
あなたはそれを受け入れますか?
それとも変えることを選びますか?

決めてください
強さと勇気を持って

その決断が
あなたの人生となっていくのです。

イエス



映画の結末を書くことはできないけど、この結末を見た人はどう思うのだろう。
たぶん「スピリチュアル」を知らない人がみれば、3次元の視点だけで見れば、「わからない」となるのではないだろうか。
でも「スピリチュアル」を学んでそこを感じられるところにある人が見れば、そこに描かれているその結末に気がつくことができるのではないかと思う。

自分が求めている本当のものに勇気を持って手を伸ばす。その決断をする。
その結果は…?

この作品を作った存在たちのメッセージがそこに詰まっている気がする。


映画の上映中、私の真実センサーはなりっぱなしで、ずっと涙ぐむことになってしまった。
何に涙ぐんでたかというと、映画の中の現実という世界の圧倒的な美しさにだ。
私たちのリアルな現実よりもずっと美しく感じられるその風景。はじめてみるかのように感じるその風景。

でもそれを見ながら涙ぐんだ時、ふとこう思った。
私たちは、もしかしたら、今当たり前に見ている3次元でのこの風景を、かつてはこんな風に胸に詰まるような感覚で見ていた時期があるのではないか。
もうその時期のことは覚えていないけど、この世に生まれて、初めて目が見えるようになって、そうしてなんの偏見もなくただ見えてきたこの世の風景を、こんな風に感動しながら見ていたんじゃないか。

赤ちゃんの目があんなにキラキラしているのは、
こんな風に世界が見えているからなのではないだろうか。
私も赤ん坊の時は、
こんな風に感動していたんじゃないだろうか。
「なんて素晴らしいせかいなんだろう」って。

この気づきも、私の中ではものすごく大きなものでした。

ちなみに、この映画で頻繁に出てくる雲と全く同じタイプの雲の写真を、これまた何故か私は少し前の「今週のメッセージ」で使っている。

その時のイエス様からのメッセージは「幸せでいてください」だった。

こちら↓



本当に不思議なシンクロでした。

映画は風景が素晴らしかったので、劇場で見るのがおススメかなと思います^^
最初の写真は、映画を見終わって仰ぎ見た空。
「天気の子」の映画に出てくるような雄大な空でした^^

by atelierkei-0520 | 2019-07-25 23:07 | ◇つぶやき

「わかる人」「そうでない人」

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今日ちょっとしたきっかけで、「スピリチュアルであるか、そうでないか」とは?という話になった。
この場合の意味としては「サイキックな能力があるか、ないか」という意味だったので、世の中の「わかる人」「そうでない普通の人」というくくりで、そこの線引きはどこなんだろうという話になった。

私の結論から言うと、
「わかる人」なのか「そうでない普通の人」なのかって言うのは、
その本人が「わかる・感じる」と認めているか、認めていないかの差なんじゃないかな〜って思う。

「わかる人」は「わかる」と思ってるから、ふとした瞬間に何か感じたら、人に「わかる」とか「今わかった」って言っちゃうし、それを聞いた人はその人を「そうか、わかる人なのか」と受け入れるし、
「そうでない普通の人」は「わからない」と思ってるから、ふとした瞬間に何か感じても「気のせい」「思い込み」なんて思って、人には言わないか、わざわざ「私はぜんぜんわからないから」なんて言う。


だから、本当の意味で「そうでない普通の人」なんていないよねって思う。
だって、どんな人も何かしらいつも周りに漂う「何か」を感じているよね。

例えば一番わかりやすいのは
「あの人うれしそうだな」とか「この人は何かなやんでいるのかな」とか、合ってるか間違ってるかは別にして、人の持つ雰囲気なんかかもしれない。
「わかるか」「わからないか」なんていうのは全部これと同じようなこと。
「この場所なんかいい感じだな」とか「今日はなんだか特別な感じのする日だな」とか、対象物を変えていくだけでいい。
頭で推理するんじゃなくて、心で感じたことを頭で認識するまで持っていくことを「OK」にすると、「わかる」人になる。

「サイキックな能力」というものはどんな人にも備わっている人が持つ基本的な能力の一つ。
強弱はあると思うよ。生まれつきのDNAの差ってとこも始めはあるだろうと思う。
それから、キャッチしたものがどこから発信されているか見極められるかってとこも大切なポイントだとは思う。

いろいろあるけど、強弱を大きく左右するのは結局は「対象にどれだけ興味を持っているか」だと思う。

今日は参議院選挙でした。
今回は頭でいろいろ考えて投票するのではなく、テレビのニュースで候補者の主張をインタビュー形式で紹介してくれるコーナーで、その候補者のしゃべる姿を見て心が一番いい反応をした人に1票入れてみました。
こんな風に、自分の心が感じていることに耳を傾けるのも日常を送る上で一つ面白いやり方だと思っている。
選挙もなんか楽しかった^^


風邪もやっと完全に抜けました。。
意外と長引いてしまった今回の風邪。。
でも何やら「節目」だった気がしています。


by atelierkei-0520 | 2019-07-21 21:39 | ◇つぶやき

浄化される魂の記憶:映画「君の名は」(前編)

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アトランティスの最後の瞬間を記憶として持っている人や、それを夢で見る人は結構いると思う。
今日は「エンジェルサポートレッスン」の生徒さんとその話になった。
生徒さんが最近見た夢の話をきくと、この方もその時の記憶を強く持っている人のようで、話の流れから私もたぶんその時期なんだろうなと感じている過去に見た「天変地異」の夢の話を聞いてもらうことになった。

2つの夢の話をすると、その生徒さんが、「keiちゃん…なんかさ、その話聞いたら“君の名は”しか思い浮かばへんねんけど…“君の名は”は見た??」という。

実は私はあんなにみんなが大騒ぎしていて、スピ的にも深いらしいとうわさのこの映画を見ていなかった。
なんでかって聞かれると、ただなんとなくでもあるし、なんとなく日本のアニメ映画は宮崎駿&高畑勲作品しか見ないよって感覚でもあるからかな。「今風のやつはついていけません」みたいなところもある。

「いつか見るだろうな~」とは思いつつ、なんか見なくて、その後忘れていた。
「見てない」というと、その生徒さん、「えええええ!!???何で見てないの??っていうか見てないのになんなんその夢??絶対見て!今日レッスン終わったらすぐ見て~~!!!」と。。

へ??「君の名は」って、確かパラレルワールドみたいな話やんな?違うタイムラインの男女が(ソウルメイトか?)絶対に出会えないのに惹かれる~みたいなやつやろ??

私の「君の名は」の予備知識はこんな感じで、正直生徒さんの反応にびっくり。
でも見てもっとびっくりだった。。

多くの人が「泣いた」というこの映画だけど、私も見て泣いてしまった。
でもただ感動したとか主人公の二人に感情移入したとか、そういうことでもなくて、涙が出たときに感じたのは、「ありがとう」だった。

記憶を書き換えてくれてありがとう。どうしようもなかったあのときの記憶を昇華してくれてありがとう。
そんな「ありがとう」だった。

この映画がこんなにヒットした事情の裏には、たぶん多くの人の中にある「ある記憶」が映画というものによって書き換えられたからだと思う。
それは悲しい記憶、なすすべがなかったという後悔や懺悔の記憶。
自分が持っていた記憶が、なんとなく自分だけが持っていたと思っていた記憶が、実は多くの人の心の中にもあったのかと思うと、しばしびっくりする思いです。。

つづく。

by atelierkei-0520 | 2018-11-06 22:10 | ◇つぶやき

今週のメッセージ:ミカエルのオラクルカード:夢と現実のはざまにいるあなたへ

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夢と現実のはざまにいるあなたへ

迷いながら進むあなた方にとって
不確かなものほど怖いものはありません。
夢を見るときはその中の不確かなものを恐怖と捉えることでしょう。
でももし、向き合っているものが夢ではなく現実だったとしたら
それは恐怖ではなく対処すべき課題になります。

みなさんは、それを「夢」と捉えますか?
それとも「現実」としますか?

そこなのです。
その捉え方の差が、あなたの現実を決めていきます。

ほしいものを捉えるときは「現実」として捉えてみてください。

そうすれば私たちもあなたのために働けます。
あなたの家の中に入り
あなたの目の前に姿を現すことはないかもしれませんが
「現実」を見るあなたの力になれます。

どうか「現実」を見てください。

大天使ミカエル




「夢」を「現実」と捉えると、「恐怖」が「対処すべき課題」に変わる。
そうすると天使たちは私たちをサポートできるようになるんですね。
表現が面白く感じました^^
メッセージを受け取っているとき、同時にずっと「もっともっと自分たちを活用して欲しい、手伝わせて欲しい」そんな天使たちの総合意識のようなメッセージも受け取りました。

コツは「現実として考える」
でも実はこれがなかなか勇気のいることだったりするので、人はただの「夢」にしてしまうのかもしれません。

今週も始まりました、皆様よい1週間を~^^♪

by atelierkei-0520 | 2018-11-05 10:04 | ◇今週のメッセージ

人の幸せ

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最近しみじみ思う。
人って、大きいことから些細なことまで、自分自身のあらゆる事を本当の意味で自分で決めることが出来ると満足するんじゃないかって。
それが出来ると、自分の人生がとても大切で日々が充実してくるんじゃないかと。
そしてね、それがこの3次元での「幸せ」ってことなのかもしれない。

本当の意味で「自分で決める」って案外出来てないことが多い。
それは自分の心に正直に、常に小さな自分の心のそこにある声に耳を傾けて決断するってことだから。
人は何かを決めるとき、何か人や状況を理由に決めることも多い。
そういう時は、自分自身で決めることを放棄していることがほとんどで、その決定にはたいがい、恐怖や不安があったり、怒りがあったり、または無関心があったりで、その結果に対しては、それが気に喰わなかったときに、どんなにかっこつけていても、心の奥底に強い不満が残る。

だから、私は、最近は自分で何かを決められないときは、「今は決めない」を選択する。
先日も些細なことだけど、スマホの機種変更をどの機種にするか決められなかったとき、今回の機種変更の流れは自分のエネルギーが変わったからだと思っていたので、「決められない」がストレスになりだしたときがあった。
そうなってきたときに、最近はぱったりとなくなっていた、でも昔は時々よく起こっていた「え~、やだな」と感じることが久々に起こった。
そのときに、ふと、「今エネルギーが変わるときで、その流れになっているのに、いつまでもスマホを変えないから、古いタイムラインで起こっていたことが自分の目の前でまた起こっているんだろうか」と思った。
それはまるで「スマホを変えなかったら、あなたは自分が期待する世界にはいけません」といわれているみたいで、一瞬あせった。
でもこれって、まるで宇宙に脅されてるみたいだよね。
でも、宇宙は絶対に脅したりはしない。なぜなら、全てはあるがまま受け入れられるのが宇宙だから。
こういうときは自分の中のどこかに「恐怖」がある。
「恐怖」がどこにあるのかはどうでもいい。でも大切なのは自分には今「恐怖」があるってことをちゃんと知ることだと思う。
で、私はこういう風に自分の中に「恐怖」があるときは「決めない」のだ。

そのかわり、こうも思った。
「沢山の選択肢の中で、決められないって言うのは、それは今は"迷いたい"ってことだ」と。
「そうだ、だから、今はとことん迷おう♪"迷う"を楽しもう♪」と。
だから、弟に聞いたり、カードを引いたり。
そうしたら、めちゃめちゃ楽しくなってきて、ブログの記事にもなっちゃって、「決められない」時間は気がつくと決めるためのちょ~楽しい時間になってしまった。
スマホの機種変更も、12月まで待たなくても5000円くらいを余分に払えば「今」できた。
「今しかないかもよ」って言う波に乗れないかもしれないと不安に思う自分が「5000円くらい払っちゃえ!」と言わなかったわけではなけいけど、もう一人の3次元的に堅実な自分も同時にいて、その私は「いや~…、5000円って馬鹿にできんよ。。せっかくのお得プランなんだから最後までお得は受け取りたいよ」というので、その声の裏に「恐怖」のない後者の声をとった。
で、上には「とにかく私は、ここは堅実に行きたいんだよ。だから後の12月までの調整はそっちでしてね、よろしく~^^」とお願いした。

なんてことない決定なんだけど、私はこういうのが「決める」ってことかなと思っている。
「高い波動の自分だったらどうするか」なんかじゃ決めない。
そうじゃなくて、いろんな自分の声をちゃんと聞いて、その中で、本当に自分がしたいことを選ぶ。
そうするとね、自分が決定した選択の結果がどうであれ、その選択に後悔はしても「不満」は残らない。
ちゃんと受け入れることができるんだ。
でね、これがなんか「自信」になっていく。自分を少しづつ信頼できるようになっていく。
そして、朝起きると、今日生きてるってことがなんとなく嬉しくて、また同じような一日なのに、なんだか幸せなんだ。
たぶん、自分が自分の人生を生きてるってなんとなく感じられているのかもしれない。

人はもしかしたら、「決める」ためにこの世に生まれてくるのかも。
もしかしたら、したいことってそれだけのことなのかもしれない。
そう思うのでした。

今週もお疲れ様でした^^


by atelierkei-0520 | 2018-11-03 21:18 | ◇つぶやき

今週のメッセージ:ミカエルのオラクルカード:迷いを捨てて

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迷いを捨てて

まっすぐ目の前の道を歩くとき、
そこに道があるのなら迷ったりしませんが、
無数の道が残像のように重なりながら
見えたり見えなかったりするときは、
そこに足を踏み出すことなど怖くてできませんね。

どんな人にもそんな瞬間があるかとは思いますが、
言えることは一つです。

「それでも足を踏み出しなさい」

その時初めて
自分の道とはあらかじめ決められたものではなく
踏み出した瞬間にその場所に出来るものだということがわかるでしょう。

きっとミラクルを体験します。
すばらしい時間を過ごしてください。

大天使ミカエル


ついに「月曜のメッセージ」のタイトルを「今週のメッセージ」に変えてしまいました^^;
皆様、よい1週間を〜♪


by atelierkei-0520 | 2018-10-30 20:22 | ◇今週のメッセージ

「ない」から「ある」に変わるってこんな感じ?!を体験中。

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ちょっと前から、私の内側の「ない」が「ある」に変わった話をかいている。
今までも衝撃的な「気づき」の話は何度も書いてはいたのだけど、今のように自分の中の変化が外に出てくる現象は正直初めてかもしれない。
なんというか、本当に「はあ~、そうやって変わっていくのね…@@」としみじみと今の自分を観察している。
「エネルギーが変わるって、こういうことなんだ」って。

この変化は「オセロ」に例えると説明しやすいかもしれない。
実際のゲームとちがうけど、オセロのこまと盤を思い浮かべてみて欲しい。
盤にはもうあらかじめ全ての升目にこまが隙間なく並べてあって、人によって白黒の数や並びには違いがある。
ここでは例えば「黒」=「ない」、「白」=「ある」
盤の中央には最も大切な「核」となる4つのこまがあって、この部分が私が「自分の核」とか「自分の内側」と言っている部分。
で、その4つのこまの周辺に広がるのは「現実」。
4つのこまの周辺に白黒のこまがどう広がっていようが、それはこの4つのこま「核」の投影。
だから、「内観」とはこの4つのこまを見つめることだ。

でね、この4つのこまがどんな色の配置になっているのかはこれも人それぞれだ。
生まれたときは比較的白が優勢のような気がする。
でも例えば強い「過去世の未浄化な部分」をもって生まれた場合は白1つに黒3個とかかも。
で、人によっては人生で経験する様々な負の学びによって、この核の部分を「黒」にひっくり返してしまうことがあって、意識の目覚めを迎えるタイプの人は、目覚めの前にいったん4つを全て「黒」にひっくり返してしまう。でね自分の中の一つも「ある」がないっていう状態にブチ切れて自己の探求に入る。
私はこのタイプ。
ここから、私は一個一個、「黒」を「白」にひっくり返していく。「内観」によって。
初めて1個「白」にひっくり返ったときというのは目に見えない世界に目覚めたときかな。目が覚める思いで、これからいいことばかり起こるような期待をする。自分のエゴが全部かなうのかのような、そんな期待。
でも実際は「核」の周りに配置されたこまはあんまりひっくり返らなくて、「現実」はあまり変わらない。

それでも信じ続けて「内観」を続けると、ある日2つ目がひっくり返り今度も「分かった!」と思う。
そしてこのときは最初の経験から「これが最後ではない、まだあるはず。そしてそれを続けると必ずうまくいくときが来る」と思い、「内観」を続ける。すると思った通り3つ目の「黒」が「白」にひっくり返る。

このときの衝撃はすごい。そして「ついにやった!!間違っていなかった!!」と思う。
この時これが「特異点(転換点)」だと思う。そして「間違いない」と思う。これからは「変わる」って。
ところが、興奮はすごかったのにも関わらず、全てが分かったかのように感じたにもかかわらず、相変わらず周りの「現実」はそんなに変わらない。ものすごい「気づき」があったのに、それが「全て」だと思ったのに、まだ外は変わらないんだ。
この辺りから、ずっとあったにも関わらず押さえていたイライラや絶望のようなものが表面化してくる。
「やってもやっても終わらない!」と。

でも、それでも自分の中の何かが何かを信じていて、時に天使を罵ったり、ハイヤーセルフを罵倒したりしながらもここまでくると「内観」をどうしても続けてしまうんだ。
宇宙にだまされた気がするのに、宇宙を信じてる。

4つ目の「黒」がひっくり返る直前から、何かが変わりだす。いつも同じだった「現実」が。例えば10年以上同じだったこととか。
この辺りから「変わる」と自分の中が気づきだす。
そして、とうとう4つ目がひっくり返ると、
そこには完全に全てが「ある」状態の自分がいた。
この時初めて前の3つのこまの時にはなかった絶対的な「安心感」というものを体験する。
そしてこう思う。
「大丈夫」って。

私はこの「大丈夫」になったとき、初めてこれから自分が心からやりたいと思ったことは必ず「根付く」と思うようになった。
「~したい」と思ったときにいつも上がってくる「でも」とか「だって」とかそう思いがなくなることもないんだけど、でも上がってきても笑顔で「大丈夫」を選べるようになった。
そうしたらね、まずは小さいところからどんどん変わってくるんです。ほんとうに細かいことなんだけど。
でもそれが「エネルギーが変わったから変わる」ってことがわかって、ほんとうに面白い。

昨日は夜、家で鍋を突っついていたら、突然電話がかかってきて「何事?!」とおもったら、なんと忘年会の招待の電話だった。
15年くらいのお付き合いのあるところが主催する忘年会に、初めて招待された(忘年会やってるってことさえも知らなかったよ^^;)。
何処かの有名なすごい忘年会ってわけでは全くないんだけど、個人的に大切にしているところだったので「ファミリーとして参加していただけないでしょうか」と言われ、なんかじーーんとしてしまった。
昨日電話が来たとき、たまたま付けていたラジオからクラッシクが流れていて、なんと特集が「ミレニアムコンサートとは」というものだった。名物の手拍子がなるオーケストラバックに「忘年会」のお誘い。しかも、一昨日はマヤ暦の元旦だったらしい。。
天使たちの演出も手が込んでます。

「新年」
何かが明けた気がしています。
そして振り返って感じることは、とにかく、「辛抱」やなと思いました^^;
(あ、でも感情は外に出しますよ^^そういう意味の辛抱じゃないです。)

皆様、今週もお疲れ様でした♪



by atelierkei-0520 | 2018-10-28 23:09 | ◇つぶやき

初めて会う守護霊さん

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このブログで時々登場する、私のメインガイドの守護霊さん「マーシャルおじさん」
いつも自分でガイドさんに会いに行くとこのマーシャルおじさんが出てきてくれるのだが、今日また新たなガイドさんを知ることが出来た。
人についてるガイド(守護霊)さんはかなり沢山いるので、どの方が出てくるかは毎回違っていてもおかしくないのだが、自分で会いに行くときは方向性が決まっているのか、たいてい同じ人が現れることが多い。
でも今日は「エンジェルサポートレッスン」の「他人のガイドに会う」という練習のため、生徒さんに私のガイドさんに会ってきてもらう、というのをやると、生徒さんの新しい感覚でこれまで対面することのなかった女性のガイドさんが登場した。

生徒さんが受け取ったメッセージは「教えることの難しさ」という言葉だった。レッスンでは時間の関係で私が時間制限を設けるときもあって、このときはこの生徒さんはこの言葉だけで終わってしまった。
ということで、レッスンが終わった後、この女性のガイドさんに自分で会いに行ってみることにした。

いつもの場所に行くと、やっぱりマーシャルおじさんが待っていてくれたので、「生徒さんが会った女性の方と会ってお話がしたい」というと、「もちろん^^もう待ってるよ」とのこと。
待っていてくれたのは、白い服を着た初老の白髪の女性で歳はとっていたけどすごくきれいな人だった。
ガイドさんのこの姿は過去世の私に馴染み深い姿のようで、その時彼女は「エリザベス」と言ったそうだ。
過去世の私が子供のころ近所にいたおばあさんで、血のつながりはなかったものの、とてもかわいがってくれたそうだ。短い間だったけど幸せな記憶だったようだ。
「教えることの難しさ」について聞いてみると、こう返ってきた。
「人を教えるとか導くとか、そういう風になると難しくなる。自分の体験を伝えるだけでいい。ブログもそれでいい。人(生徒さん)と楽しい時間を過ごして欲しい。お互いにかけがいのない時間なのだから。」
とのことだった。

なんか、じーーーんとしてしまった。
ここ最近「うまく書こう、うまく伝えよう」としすぎていたかもしれないなと思った。
そうこうしているうちに、2年間愛用していたタブレットは完全におじゃんになってしまい、キーボードがない状態での「書く」がかなりしんどくなっていた。でもキーボードがなくて「書く」がしんどかったんじゃなくて、「書くがしんどい」からキーボードがなくなってしまったというほうがほんとのとこかも。
今、この投稿はすらすらと書けている。
使っているのは、めっちゃ古いPC^^
すごい快適。問題ない。
今、自分の周りがどんどん刷新されていて、いろいろ物入りで、「タブレットもか!」と思ったけど、とりあえずはタブレットは保留にしようと思ったのでした。

エリザベスさんに会えてよかった。
つないでくれた生徒さんにも感謝です^^

by atelierkei-0520 | 2018-10-26 21:58 | ◇日々の気づき

人体のふしぎ

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前回まで書いていた「願望実現のほんとのとこ」はこれ以上は堂々巡りになりそうなので、この辺で話題を変えていこうかなと思う。
ということで、今日は今私の身に起こってる不思議を報告。

私はスピリチュアルを学んでいく中で、ある時期から「体」に興味を持つようになった。
なぜかというと、意識が体に与える影響がすごすぎるということに気がついたから。
ヒーリングをしていると、昨日今日動いた骨、筋、筋肉などは比較的自分の意識で回復させることができるようになって、個展期間中の腱鞘炎はこれで乗り切った。
意識を集中させると、体が自分で直していく感覚がわかりその後の変化は本当にミラクルで面白い。
「意識が体に及ぼす影響」の面白さに目覚めたのだけど、これは別の見方もできて、体の症状と心もまた密接に結びついていて、そうやって改善させることができる一方で、どうアプローチしても心の状態が変わらない限り変化を起こすことができないことも多々あるということもわかってきた。
そして最近、この心の状態が体の症状にすごい影響をあたえるってことを身をもって体験している。

みなさま、この投稿を覚えて下さっているだろうか↓


この時に書いた粉瘤が、どんなにヒーリングでアプローチしても全く変化のなかったこの粉瘤が、私が自分の中のエネルギーが劇的に変わったと感じたブログ夏休みを終えて、個展が終わった次の日から治る方向になんと変化しだした。
自分の中が「ある」状態になった、それを感じたとたん、私の体の免疫システムが、粉瘤を異物とみなして攻撃しだした!
ほぼ1か月観察しているのだけど、その変化や粉瘤というものが持っている構造や心理的な要素そんなものが感じられて、なんかものすごくびっくりしている。
今はまだ完治まではいっていないけど、かなり小さくなってきていて、この流れは間違いないと感じている。
アイスランドに行く前に、ハイヤ―セルフに粉瘤についてきくと「粉瘤はね、自分で治すの!!!」と強く言われ、ふざけんな!ヒーリングしても治らないんだよ!と反発して病院にいこうと画策するもなぜかいつも流れて、いよいよ個展も終わり季節もよくなったので、こんどこそ病院に行くぞ!と思っていた矢先のできごとだった。
ほんとうに不思議だと思う一方で体ってすごいなとも思う。

上の記事で書いた「冷え」もろもろの体質改善も続けている。
また次回。

追記:タブレット、初期化するも、全く改善されずです(*_*)
いろいろ調べると、もうダメみたいです。カードを引くと「変容」が出まくる!!変わりどきかもしれません。



by atelierkei-0520 | 2018-10-25 23:08 | ◇つぶやき

月曜日のメッセージ:ミカエルのオラクルカード:「勇気のいる選択について」

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勇気の要る選択について

皆さんがもともと持っている選択の中には、実に勇気を必要とするものがあります。
重要な人生の選択になるものだったり、
またはポジティブだとは思えない選択だったり、
ゆくゆくの未来を考えてしまうとどれも解決できない問題が山積のように見えて、
得体の知れない恐怖の感覚に飲み込まれてしまう感じがするのです。

「好きなことをしなさい」と言う事は簡単です。
けれど自分の中の好きと言う感覚に信用が持てない場合は、全く簡単ではなくなります。

さて皆さん、どうしますか?
重要なのは、まったく新しいことにチャレンジしようとするエネルギー状態です。
今までの自分では選択しなかったこと、消して選ばなかったことの中に、
今やってみたいと心が訴えるものはありますか?
もしあれば今は「その時」です。
自分の中に変革のエネルギーができあがっているのです。
ものすごく勇気の要ることで怖いかもしれません。
だけどそういう時こそあなたは変わろうとしています。

自分の人生を前に進めようとする時は必ずこの原動力が入ります。
心の中の自分のエネルギーを感じてください。
そこに変革のエネルギーを感じるのなら、
今はその時です。


今週は月曜のメッセージが火曜日になってしまいました^^;
皆様、よい1週間を♪

by atelierkei-0520 | 2018-10-23 12:30 | ◇今週のメッセージ