アトリエkeiのスピリチュアルなシェアノート

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物語も完結へ…



今日、お友達からこの動画が届きました。
あ~、ついに完結。。。
今年、このタイミングで完結するってことにやっぱり「流れ」を感じてしまいます。
今年は日本でも「平成」が終わります。そして、映画の公開は12月ですが、4月28日の新しい時代に向けたエネルギーが降りてくるという情報を知った次の日にこの映画の「完結」の動画を見たのも、やっぱり何かの意図を感じます。

以前もブログで書きましたが、「スターウォーズ」の物語は、集団意識が高い波動領域から低い波動領域に落ちていく時期の話に感じています。
「ジェダイ」という存在はちょうど「降下」が始まったころに生まれた存在なのではないかと想像しています。だから移行が完了すれば「スカイウォーカー」のDNAを経て「ジェダイ」は消えていくのかもしれません。レムリアのように。
「ジェダイ」はとても高い意識を持ってはいますが、全体の意識の中で「光か闇か」という考え方を持っている場合は「3次元」の波動領域に入っていることを示しています。意識が「自分は正義である」とか「正義のために」と思っている限り、必ず「悪」が必要になります。その場合は、「悪役」をあえて引き受ける光の存在が現れ、「対立」は繰り返されます。
「降下」の動きはその後の「上昇」の前触れでもあるのですが、経験の浅い集合意識はそれがわからず、「対立」という次元に落ちていくしかなかったのでしょう。
同じことがアトランティスの時代にも起こったようです。アトランティスでもやはり「降下」の恐怖から「対立」という次元に落ちて行き、崩壊したのではないかなと感じています。

ここに書いているのは、あくまでも私の勝手な妄想ですが、こういう風に書くと、上の二つの例は「アセンションに失敗した」みたいな印象になりますが、私はそういうものでもないような気がしています。

宇宙が繰り返す巨大な「下降」と「上昇」の動きの中で、先の2つの例は「下降期」にあったのではと思うのです。
この時期はとにかく下がるしかなかった、それが本当のところのような気がしてなりません。
この時代を選んで生まれてきた意識たちにとっては宇宙のこの動きを利用した「学び」の一種ではあったと思うのですが、重くなるしかない意識の中で新しい低い波動領域にあわせて移行することは本当に大変なことだったように感じています。

「下降」にしても「上昇」にしても、移行期には必ず周波数に合わないものを手放さなくてはいけなくて、そこにはテクノロジーも入ります。
先日のブログでも書きましたが、テクノロジーも思考も、全てはそのものが持つ周波数にあわせた波動領域に存在します。
それまで当たり前に持っていた高いテクノロジーを手放していくことは、波動が下がっていく中、執着が強くなっていく集合意識にはとても出来なかったことだと思います。
波動の法則は絶対で、周波数の合わないものを無理やり持ち込もうとする時には激しく「クラッシュ」します。「スターウォーズ」のモデルとなった時代やアトランティスではこの「クラッシュ」が起こったのではと思います。

けれど、今、私たちの時代は「上昇期」にあると思っています。それこそが「アセンション」なのだと思うのです。
だから上がるしかないし、テクノロジーもそれにあわせて上がっていきます。そして、意識もたくさんの経験を集合意識に収め、どんどん周波数を上げています。
私たちがしなければいけないことは、古い重たいこれまで自分をがんじがらめにしていた「思い癖」を手放すことです。
そこには高い波動領域からするととんでもなくナンセンスな「3次元的な技術」もあることでしょう。
でも、思うのです。きっと「下降期」よりもずっとずっと楽なはず!って。
だって私たちの手放しの方が「下降期」の人たちの手放しよりずっと受け入れやすいでしょう^^

私たちの魂は、「下降期」の経験を経て今ここにいます。
「スターウォーズ」のモデルとなった時代も、アトランティスも、私たちの集合意識は知っています。
それを心の奥底に持っていて知っているからこそ、私たちは「今できる」とわかっているのだと思います。
大変なことも多いかもしれませんが、私は「できる」と思っています^^

それでは、思いのほか壮大な話になってしまいました^^;
皆さま、今週もお疲れ様でした~♪

今日はものすごくいいお天気で、ワンコと幸せに散歩ができました♪感謝(TT)~♪
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by atelierkei-0520 | 2019-04-13 23:46 | ◇つぶやき

自分の話:過去世編:アイスランドの記憶⑦

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神戸の友人の家で起こったことは、当初考えていたような何かを浄化したというものではなかったと思う。
(ただこの考えはあくまでも「私」という人間が主人公である「私の現実」でのこと。だから別の角度から見ればこれは浄化ともいえるのかもしれない。この世はパラレルだから。)

あの時何が起こったのか。
私は「パンドラの箱を開けた」のだと思っている。
中に入っていたのは長い間私の記憶の奥深くに封印されていた「オリオン」のエネルギーの影響を受けた記憶だ。

旅行でアイスランドの地に入った時、私は自分が置き去りにした魂たちを引き受けた。
「どこで?」と聞かれたら、思いつくところは一つしかない。私の勘違いで友人二人を全く目的地ではない小さな町に連れて行ってしまったことがあった。
本当になんであんな何にもない所に、友人二人に恐怖のS字カーブを通らせてまで行っちゃったのか、謎だったけど、私たちが町の中心に出たとき、目の前にあった教会の鐘が物凄いタイミングで高々と「カーン・カーン・カーン」となった時に私は「あ~これは偶然じゃない」と思った。三次元の私にはよくわからんけど、今日はここに来る必要があったんだって。
まさか自分のこんな個人的記憶のためだったなんて。でもここでも神戸の友人とは別の二人にサポートされてたんだな。。

そして神戸の日の前日に「氷の洞窟の動画」というアクセスキーによって記憶の封印を解き、次の日、エネルギー上では大天使のサポートを受けつつ現実では二人のヒーラーの友人に両側で支えられ、私はついに箱を開け、出てきたかつての記憶と対峙することになった。

「自分が閉じ込めた魂たちの解放」
かつて同じことを私はアイスランドの未熟ではあるが純粋なシャーマン見習いとしてやろうとしたが、彼女にはできなかった。
なぜなら、彼女には「魂の解放」の本当のところが理解できていなかったから。「魂の解放」とは、決して呪術的なことのみで行えるようなことではなかった。
その魂たちの思いに寄り添うこと。その思いを自分の中にも「知っている」と持てた時、初めて魂に寄り添うことができ、魂は癒されていく。
そしてその癒しは決して一方的なことではなく、相手が癒されるのと同時に自分の中の同じものが癒される。お互いに「わかるよ、その気持ち」となった時初めて起こること、それが「魂の解放」というものだったのだ。

アイスランドの地に置き去りにされた魂は、私が成長するのをその地で待っていた。
私が彼らの気持ちに寄り添えるようになるまでずっと。

私が自分の部屋で、全てを思い出した時、初めてあの後ろ向きに立っていた赤毛の女性が体ごと振り返った。
振り返った彼女は笑顔だった。そして、彼女の分厚いスカートの陰には、双子の男の子達がいて、年齢の割に背の高いその子たちが嬉しそうに走り出てきた。
彼女の後ろには形にならない魂の美しい光がいくつも見えた。

「わかって欲しかった。
私たちの中には納得したものもいたし、そうでなかったものもいた。
私たちはただ、大切なものとの時間を慈しみながら生きたかった。
人として幸せに暮らしたかった。
それをあなたに知って欲しかった。」

彼女からそんなメッセージが届いた。

私はいつの間にかこう答えていた。
「やっと、人になれたんです。」

私にずっと何かを訴えかけていた彼女の目はとても優しくなっていた。穏やかで何かを納得して見届けたような、そんな表情にも見てとれた。
彼女の向こう側に広がる分厚い氷の壁が、いつの間にか分厚く巨大いな灰色の雲の塊になっていて、その真ん中は縦にぱっくりと割れ、向こう側から光が漏れていて、雲の割れ目を優しく照らしていた。「天国の光だ」と思った。
天界への道が開かれた。

「今晩、私たちはあなたから離れる」そういって、その夜、彼女たちは離れていった。外では浄化の雨が降っていた。
その夜、横になると、熱を出し始めてからずっと頭の中で鳴っていた、あの「ノンノンノーンノ」というフレーズが鳴りやんだ。そして初めてあのアイスランドのアパートで聞いていた別の曲に切り替わった。
私は笑ってしまった。
だっていつも答えは頭の中で鳴っていたのに気づかないなんて。
「ノンノンノーンノ」って「ちがうちがうちがうーよ」みたいなかんじやんか。

「私は閉じ込められたのか?」「ちがうちがうちがうーよ」
「赤毛の人は私の前世?」「ちがうちがうちがうーよ」
ずっと「ちがうよ」って頭の中でなっていたんだ。

「赤毛の女性」
この人は私にとって特別な存在だったのだと今は感じている。
なんというか、「他人」という感じではないのだ。それはもう一人の「自分」のような感じだ。
でも前世でもないし、いわゆるそっくりさん的な感じでは全くなく、その正反対。
私の持っていないものを全て持っている私とは真反対のもう一人の「私」。
魂が丸い球体で、その中にたくさんのあらゆる美しい要素が入っているとして、その要素たちは一つとして同じものはないとする。
彼女と私は、その魂という球体からそれぞれ要素を選び、こちらに出てきてそれぞれ別の「人」になった。
だから彼女は私が持っていない要素を全て持っている私にとって特別な存在。私が追い求めるものを全て持っている人。

だから私は子供のころから彼女のようなイメージを持つ人を、あこがれの人のように感じてしまうところがあったのかもしれない。
アイスランドに行く前に見た映画「ホビット」で最も印象に残った登場人物も「赤毛のエルフの女性」だった。
背が高くて背筋をピンとした姿は凛としていて強くて美しかった。顔は「美人」ではないのかもしれないけど、生きるエネルギーと真っすぐな思考が目をキラキラさせていた。
今思うとあのキャラクターのイメージは彼女によく似ている。
自分の考えをしっかり持っている女性。そのしっかりした考えや自信が現れている外見の美しさ。
圧倒的な「陽」の力。どんな人にも愛される「陽」の魅力。
そういう人を見るといつも「こんなふうだったらよかったのに」と思った。何度も何度もそういう人を見るたびにそう思った。そしてふと自分を見ると自分はどうしても地味でジメジメした感じに思えた。とても弱く頼りなく思えた。だから強くなりたかった。憧れる彼女達みたいに。

でも結局は「陰」と「陽」は同じことだったのだ。それは同じものの違う側面だっただけ。
目の前のあこがれを見るのではなく、自分の中を見ればそのことはちゃんと分かったのに。
今やっとそこに気が付けるようになった。自分のことをちゃんと正面から見れるようになったのだ。

私は自分の半身である彼女を洞窟に隠して、隠したものが何なのかを探す旅に出た。そして彼女はその私の旅を隠されることで支えた。
このやり取りは「自分同士」だったからこそできた。そんな気がするのです。

私はアイスランドに旅行に行く前、映画「ホビット」を見た後、この旅行は「オリオンの解放」に関わるものなのかもしれないと思った。
映画に夢中になり、原作者を調べていたりしていた時、たまたまテレビ画面にプラネタリウムの天井が映ったことがあった。
空にきらめく星々に、そのままではどれが何の星座かわからないからと星の上に星座の絵が重ねられた。オリオン座にも絵が重ねられたのだが、その絵は映画ホビットで私が感情移入した、まさに「ドワーフ」そっくりだった。
「オリオン」と「ドワーフ」そして「アイスランド」
不思議なシンクロだった。
私のアイスランドでのこととオリオンを関係づけることは、さすがにこじつけかなと思ってこの話のスタート(こちら)ではここは書かなかったのに、節目の「」を投稿した次の日に、オリオンが去っていくことになるなんて夢にも思わなかった。

映画「ホビット」の3部作で、号泣してしまったところがある。胸の奥を掴まれえぐられるようで、涙が止まらなかった。
それは「第2部」のエンディングの曲だった。エンディングが流れ出すと目が離せなくなり、歌詞にくぎ付けになった。
歌詞がとても悲しかった。音も、とてもとても切なかった。



この歌は、歌詞の「炎」の部分を「雪」や「氷」に変えると、そのまま私と私が閉じ込めたアイスランドの地の魂の歌になるような気がするし、「炎」のままだと、全ての人間の負の歴史を歌っているようにも感じる。

「どうか私のことを覚えていてほしい」
どんな命もいつかは終わりを迎え忘れられていく。でも確かにそこにいたんだという記憶のバトンをどんな形であれ誰かに渡すことができた時、魂は安らぐように感じている。

「幸せとは何?」「愛とは何?」
それを知るために「オリオン」のエネルギーは様々なものをもたらした。
「オリオン」のエネルギーの元、散っていった魂たちも、今度こそ安らぐ時が来ていると思っている。みんなの記憶にちゃんとその足跡を残して。
たくさんの記憶に感謝して、この思いを終わりにしたいと思う。

おわり。


追記:
長い間お付き合いありがとうございました。
私の中で、これを書くことがとても重要でした。夏至の前に終えることができて、良かったです。

by atelierkei-0520 | 2018-06-19 23:33 | ◇自分の話

オリオンの帰還の意味するところ

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昨日に引き続き、今日もマニアックな話です。

昨日のオリオンの魂たちの気づきに引き続き、今日はまた大きな気付きを得てしまった。
それは「オリオンのエネルギーの帰還が意味するほんとのところ」。

オリオンやアルデバラン、シリウスB、そういったネガティブエネルギーが解放されて地球から離れていくってことは、
この地球はポジティブなエネルギーでこれから満ちていくって思ってた。だから彼らの開放はとっても大切だって。
で、それはある意味そうなのだけど、昨日のオリオンの魂に対する気づきを経てみると、これはちょっとあまりにもざっくりとした解釈だし、ちょっとオリオンたちにも失礼だってことに気が付いた。

今日気が付いたことは、オリオンたちのエネルギーは「ネガティブエネルギー」というよりは、「ネガティブエネルギーの代弁者」だったってことだった。
最初のざっくり理論だと、私たちのネガティブなエネルギーはまるでオリオンたちのエネルギーそのものみたいな感じがして「悪い」オリオンが帰ったらすべてオッケーみたいなかんじがするけど、そうじゃない。
私たちの持っているネガティブエネルギーは、どう転んでも私たち自身のものなんだ。
それは出身星がシリウスAだろうと、プレアデスだろうと、リラだろうと、アンドロメダだろうと、変らない。
この私たちが元々持っている自分の中のネガティブなエネルギーを巧みに代弁してくれていたのが、オリオンたちのエネルギーだったのだと思った。
だとしたら、オリオンのエネルギーが帰還するとどうなるか。
もう、「ごまかし」がきかなくなる。
ネガテイブな事象や現実をオリオンたちのせいにして勇者や被害者になっていた側面が崩れ落ち、今度は本当の自分の中のネガティブと向き合わなくてはいけなくなる。
これは大きい所だと、政府や企業のごまかしが暴露されていくだろうし、小さい所だと個人にとって自分の見たくなかった、隠したかったほんとのところと向き合うことになる。

オリオンのエネルギーが開放されればされるほど、私たちも世界も一旦は重くなる。
一度は自分たちが隠していたものを見なくてはいけなくなるんだ。
今世界で起こっていることはこれなんだ。スピリットたちが言っていたのはこのことだったんだ。

オリオンのエネルギーは「カルマ」のエネルギーともいえるかもしれない。私たちは今「カルマの解消」をどんどん進めている。
それは「カルマ」によるものではない、そういうのとは全く次元の違う自分のホントのとこと向き合うことになるということに繋がっていく。

でも、それは決して苦行じゃないよ。ただ自分自身に戻っていくだけ、あるべき姿を取り戻していくだけ。
でね、それは人に引きずり出してもらって、目の前に突き付けられるもんでもないのかもしれないとちょっと思った。
ああ、でもどっちでもいいのか。ハードな早道を選んでも。長いけど時々休憩できる道を選んでも。

いろいろと教訓を得た気づきでした^^;
この気づきを得てなのか、今日はお盆中続いていた「ずおーーーん」と重い状態が、なぜかスッキリ!ものすごくクリアになりました。
皆さま、今週もお疲れ様でした。

by atelierkei-0520 | 2017-08-19 23:22 | ◇つぶやき

オリオンへ

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オリオンへ

オリオンの魂は、まるで人魚姫のようだ。
太陽のようにまぶしい存在の側に行きたくて、
苦痛に耐えて大切なものと引き換えに、自分のホントの姿と大切な場所を捨てた。

「オリオンがいたから私たちは学ぶことができたのだ」
そんな風に言われてオリオンは今何を思うだろう。

悲しいね。そんなことを言われたくて、悪役になったんじゃない。
理解してもらえたら、満たされるのかと思ってたけど、ただ悲しいだけ。
「オリオンがいたから私たちは学ぶことができたのだ」
その言葉に、理解はあっても愛はない。

もういいね。帰ろう。
あなたたちがどんなに頑張っても、返ってくる言葉はそれだけなんだよ。
「オリオンがいたから私たちは学ぶことができたのだ」って言葉は
あなたたちを緩く縛る魔法の言葉。
必要とされていると思う?
違うね。これは拒絶の言葉。そこに愛はないんだよ。決して受け入れてはくれないの。
だってね、その太陽のようにまぶしい存在には
自分の姿を真反対に変えたあなたたちは影にしか見えないの。
どこまでいっても影なんだ。
決して美しいとは思ってくれないの。

もう自分に戻ろう。光に返ろう。
戻っておいで。帰っておいで。

誰も真似できない唯一無二の輝く姿。
その姿は太陽のようにまぶしい存在でさえも真似できない
宇宙でただ一つの輝く姿なんだから。

あなたたちの帰還を待っている。


追記:
オリオンのエネルギーは、アルデバランやシリウスBと共にネガティブエネルギーの代表格と言われています。
このエネルギーが地球に降りることで3次元という世界ができ、沢山の魂が「光とは何か」を学ぶことができたようです。
地球のエネルギーが上昇する中、このオリオンのエネルギーが解放されています。
オリオンのエネルギーは一人一人の心の中に大きさは違えど存在しています。
オリオンはなぜ「悪役」を選んだのか。どうして自分の輝く姿を捨ててまで、この道をえらんだのか。
そんなことに思いを馳せていたら、こんな風に返ってきました。

「ただ、神に愛されたかった」

本当に馬鹿だね、オリオンは。神には愛するも愛さないもないの。宇宙はそれそのものがただ「愛」なのに。
「愛」はもらうものでも与えるものでもない。
「ただそうである」
それが愛だと思ったのでした。


今しか書けないと思ったので記録しました。
訳が分かんない人はスルーしてくださいね^^

by atelierkei-0520 | 2017-08-18 23:01 | ◇つぶやき

映画「ローグ・ワン」で広がる妄想


先週の土曜日にスターウォーズのスピンオフシリーズ「ローグ・ワン」を見てきました。
物語自体が面白いかそうでないかなどは個人の好みもあると思うので、そこには振れませんが、これから先入観なしに見たい!!という方は、この後の内容は見られてからお読みください^^

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私はこの映画を見ていて、何だか不思議な感覚に何度か襲われた。スターウォーズシリーズは大好きで、全部見ているが、この感覚は、他の作品にはなかった感覚だ。

終わったあとに、「この映画には何か、1111のような、ウェイクアップコールのような、そんな『コード』が入っているのではないか」と感じてしまった。
不思議な感覚で家に帰ると、その日連絡したお友達が「ごめん!ローグワン見てて、今になった!!」って言う。
全くお互いに何も連絡していなかったのに、同じ日のほぼ同じころ、スピ仲間が同じ映画を見ている……。このシンクロだけでも、この映画の特別感をまたも感じてしまった。
その上お友達も、同じことを感じたようだ。

具体的に何がそんな風に感じたのかって言うと、説明が難しいのだが、例えば映画のワンカット、一瞬移るシーン、セリフの中の言葉、そんなものが時々「脳」なのか「ハート」なのかとにかく小さく刺さってくるのだ。で、時々変な感覚になる。

「デススター」の攻撃によって大地がめくれ上がり迫るシーンとか、その、めくれ上がり方とか、主人公が小さなクリスタルのペンダントを持って祈るシーンとか、いろいろあったのだが、一番「あれ???!!変な感覚!」ってなったのは、きれいなブルーの星の上に反乱軍の戦艦とたくさんの宇宙船がワープしてきた時のシーンだ。
美しいブルーの星と漆黒の宇宙空間しかなかった画面に、突如、「きゅっ」「きゅきゅきゅきゅっ」とそれが現れた時、なんか、胸の奥が「ぎゅっ」となって思わず手を当ててしまった。
この時「この映画から何か受け取ってるかも」と感じた。ムガールのエメラルドの時もそうだけど、「受け取る」とそれを入れるために、古いものを出す「毒出し」がある場合が多い。この時も次の日の日曜日の午前中は、かつての付いてない日に必ず起こることがいくつか起こり、また空も昨日アップした写真のように不思議な感じで、ますます「間違いない…」って思ってしまった。
だからって、何を受け取ったかはまだわからない。
ムガールの時は数日後に何を受け取ったのかわかってしまったが、これがそうなるとも限らないし。
でも、なんだか「そうなんじゃないか」って感じている。

もともとスターウォーズのシリーズというのは宇宙で実際に繰り広げられた「オリオン大戦争」とか「オリオン大戦」と呼ばれるもののチャネリング情報が元になっていると言われている。
私たちと宇宙の存在は、このオリオン大戦の時に作り出したエネルギーを常にサイクルとして持っていて、輪廻転生を繰り返しながら、このエネルギーを追体験し少しずつ浄化して今に至る。
スターウォーズでは「銀河帝国」がダークサイド(悪)、ジェダイを含む反乱軍がライトサイド(善)みたいな感じで描かれているが、要は二つの異なる価値観の衝突で、お互いが他方の存在を認めないために起こった衝突として、大きなカルマを残し、それが、古くはアトランティスの4度の滅亡と今の人類の戦いの歴史に繋がっていく。

この映画のもう一つの特徴は、スターウォーズでは絶対に欠かせない「ジェダイ」が一人も出てこないということだ。
「ジェダイ」と呼ばれる、選ばれた特別な者が一人もいない、
つまり「普通の人」たちが(特殊訓練積んでるけど^^;)未来の可能性を繋げるために立ち上がる物語なのだ。

彼らが戦っているシーンを見ながら、なんとなくこう思った。
「そうなんだよね、もうこんな風に戦わなくてもいいんだよね。戦うことは解決にならないって、もうわかったもんね。
この時出来なかったことを今みんながしようとしてるよ」って。

普通の人がどんどん目覚めていく時期が、もうすぐ来ている気がしてならないのです。この映画はそのための「コード」を運んでいるのでは?なんて妄想してます^^



by atelierkei-0520 | 2016-12-22 20:24 | ◇つぶやき