アトリエkeiのスピリチュアルなシェアノート

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ネガティブ思考からポジティブ思考への移行の仕方

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スピリチュアルな世界の話を聞いて、よく混乱するのが、「思考が引き寄せる」とか「思考が現実になる」という話。
「ネガティブ」なことを考えれば「ネガティブ」が現実化し、「ポジティブ」に考えれば「ポジティブ」が現実化する。
これは、その通り。
ここで、私たちが陥りやすいのが、「じゃあポジティブ思考で行こう!」と決めたのに「ネガティブになってしまう自分」に手を焼いてしまうこと。
「どうしよう!ネガティブになってしまった!」と心配したり、自分を責めたりしだす。こういう思考も「ネガティブ」だと知っているから、ますます慌てる。
そして、無理やり「ポジティブ思考」にしようとして、結果、疲れてお手上げになったり、結局は「なんなんだ!!!!無理なものは無理なんだよ!!」となってしまう。

こうなるのは当然。ネガティブに感じていることをいきなりポジティブにっていうは、ちょっと無理。
実は、この移行の仕方ってテクニックなのだ。何度も練習してこのテクニックを習得すると、ちょっとずつ自然にポジティブの方に自分の感情が振れていくようになる。

テクニックはなんとたった一つだけ。
それは「気にしない」とか「深刻に考えすぎない」ってこと。

これはね、ちゃんとした言い方をすると、

「ネガティブ」でもない「ポジティブ」でもない「中間地点」に自分を持っていくこと。そこは「いい」「悪い」を判断しないとっても静かな地点。
「ネガティブ」が、わちゃわちゃ・ざわざわ 「ポジティブ」がウキウキワクワクだとしたら、「中間地点」はしーんって感じ。

けん玉をイメージしてみて欲しい。けん玉をやる時、どんな達人も、必ず一番初めは、糸を真っすぐ下に下ろして赤い球を静止させるよね。
それから、達人はその赤い球を自由自在に操りだす。
これと同じで、けん玉の赤い球が「思考」だとしたら、まずは必ず「ポジティブ」でもない「ネガティブ」でもない「中間地点」に思考を持っていく。
そして「静止」させる。そこから本来の選びたい思考に持っていくんだけど、すぐにはなかなか難しい。
だから、まずはこの「中間地点」に持っていけるようになるまでを目標にすると、やりやすいと私は感じている。

それが、「気にしない」「深刻に考えすぎない」ってこと。深呼吸が役に立つ。
「嫌なこと」があったら、まずは「深く息をして落ち着く」。胸がざわざわするなら、手のひらを胸にあてて、なでたり温めてみるのもいいと思う。
それから「気にしない」と頭を切り替える。
まずはここまで条件反射みたいにできるようになると、後は案外早いかも。
条件反射みたいにできるようになるとは、「嫌なこと」が起こっても、深呼吸したすぐ後の次の瞬間に「まあいいか、だって全て必要なことしか起こんないらしいし。たぶん私、その流れに乗ってるし。」とか「何がベストかなんてほんと分かんないもんね。これがあとで必要だったなんてことになるかもしれないしね~」なんて思ってしまう状態で、これってほぼポジティブに振れだしてる。
だから、「ポジティブ思考にする」っていうよりは、中間地点を目指すことで、自然とポジティブの方向にいってしまうようになる。

テクニックとして、もし頑張らないといけないところがあるとしたら、それはこの練習を始めて初めのころに何度もしつこく出てくる嫌なことに遭遇した時の、「深呼吸」だけかな。
とにかく、ここはちょっと頑張らないといけないかも。自分だけの「おまじない」を作ってもいいかもしれない。
そうそう、これって、ハワイの「ホ・オポノポノ」と同じ考え方なんだよね。
スピリチュアルに目覚める人って、この「ホ・オポノポノ」に最初に出会うってパターンが結構多い気がする。
ちなみに私もそうでした。

ということで、次は「ホ・オポノポノ」の紹介にしようかな。

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by atelierkei-0520 | 2016-08-31 10:25 | 日々の気づき

「感じることが現実になる」について

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「感じることが現実になる」についてもう少し考えてみたいと思う。
大天使ガブリエルは「感じることはセンサーです」と言っていた。
そう、「感じることはセンサー」。だから、目の前に提示される事象に対し、まずはどう感じるかはとても大切。
そういう意味で、自分の心が毎舜毎瞬何を感じているのかに集中する。
そして、もしそれに対して例えば「嫌だな」とか「なんか違うんだよなー」とか、そういうことを感じているのを自覚したら、今度はそれを持ち続けるか、それとも違う感じ方ができるものに切り替えるのか、それを自分自身の感覚で決めていく。
もちろん、「可能性を広げる」為に、人に意見を求めたり、本を読んだり、外から情報をインプットするのは大切だが、必ず最後は「自分がどう感じるか」で決める。
このために感情というセンサーがある。

じゃあ、「感じることが現実になる」ということはどういうことか。これは最初のセンサーとしての感情を感じた後、私たちが決めた「持つことを決めた感情」のこと。

「良いことを考えれば、良いことを引き寄せる」とか「悪いことを考えれば、それを引き寄せる」っていう話を聞いた場合、よく混乱しがちなのが、「考えた良いこと」や「考えた悪いこと」が引き寄せられると思ってしまうこと。
でも実際は「それを考えた時に感じた感情を体験する現実」を引き寄せるっていう方が近いと感じている。
この「現実」がたまたま、「考えた」良いことや悪いことと一致することもあるので、ここを私たちは勘違いしてしまう。

例えば「防災」について。
防災の日に必ず家族で防災訓練をするAさんと、全く何もしないBさんがいるとする。

なんとなくAさんは「災害」を前提として動いているので、Aさんが災害に遭い、Bさんは遭わないんじゃないのか、「引き寄せ」ってそういうことじゃないのかって思うかもしれない。
でもここで大切なのは、表面上何をしているかではない。
大切なのはその表面の下で「何を感じているか」。
Aさんが、もし、この防災訓練をしながら「家族でこういうことを一緒にするっていいよね。連帯感も感じられるし、何より訓練しておけば安心だもんね」って感じながらやっていたら、
Aさんが現実にするのは、「連帯感が感じられる現実」や「安心と感じられる現実」。
Aさんが感じたことを現実化するのに体験するシチュエーションは「災害に遭う」っていう場合もあるだろうし、全く関係ないことかもしれない。

Bさんの場合、防災の日には何もしないし、防災対策もしてない。
だけど、もしBさんが、「何にもしてないけど大丈夫だろうか」とか、「何か困ったことになるんじゃないだろうか」とか「漠然とした不安」を持っていた場合は、やっぱり「常に不安を感じるような現実」を体験するシチュエーションが起こる。
それは「災害」かもしれないし、全く別のシチュエーションかもしれない。
Bさんは「漠然とした不安」を感じながら日々を過ごす現実の為に日常的に常にテレビのニュースやネットで「不安になる」情報を目にし続けるのかもしれない。そしてBさんは「災害」に対して不安を感じていても、それが現実化する時は会社や家族に対しての「漠然とした不安」として表れていくかもしれない。

つまり、感じていることを現実化する場合に、私たちはシチュエーションに何を選ぶかまではわからない。
だからこそ、自分が感じていることを大切にそして注意しなければならないんだと感じている。
これからはこの現実化のスピードがどんどん上がっていく。
だから、ポジティブかネガティブか、そのどちらかに入っていくと、もちろんどんな場合でも修正は可能だが、
今まで以上に入っていったスパイラルから抜け出すことが難しくなっていく。
そしてどちらのスパイラルに入っていくかは完全に自分の責任。
逆の言い方をすれば、私たちはどちらのスパイラルに入るかを、完全に自分で選べるともいえる。

もし目の前で「嫌だ」と感じるのなら、そう感じない状況を自分で責任を持って整えていくこと。始めは小さなことからでもいいと思う。
先日私があるものから「卒業」したように。
小さなその決断が、いずれは大きなうねりになっていく。
今できる決断からどんどんやっていくこと。
それを大天使ミカエルは言っていると感じている。

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by atelierkei-0520 | 2016-08-30 09:37 | 日々の気づき

記事100回目に到達しました^^

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このブログも記事が100個に到達しました。
ここまで読んでくださった私が知っている人もそうでない人も、本当にありがとうございました。
「書く」ことは、時々結構な労力がいることを実感する毎日ですが、
「書く」ことで、私自身がとても救われたのは確かです。
自分の感じていること、本当は誰かに伝えたいと思っているのに、
「そうはいっても内容が内容だし、、」といつも陰に隠れている自分がいました。
「弟の死」という今でも信じがたい経験の中で、いろんな人々、そして存在に支えられている日々でした。
そういう全ての存在に感謝しながら、これからもブログを続けていければと思っています。

今日は大天使ミカエルに「100回目に読者の方々に何かメッセージを下さい」とお願いし、カードを引いてみました。
上の写真がそのカードです。
右は「整理すること。持っているものの中で本当に必要なものだけに絞ること」と読みました。
左は「ジャッジすること。自分にとって必要なものそうでないものをしっかりと決めること。選ぶこと」と読みました。
どちらもほぼ同じ意味です。
そしてこのカードからは「覚悟を決めてください」という厳しさも感じます。

いよいよ私たちは、自分たちがそれぞれ行く道に明確に分かれていく時期に入るようです。
どの道が良い悪いはありませんが、自分にとって何が一番大切なのかを心で決めなくてはなりません。
頭で考えたことは現実にはなりません。心で感じたことが現実になります。
自分が決定した道には自分に責任があります。人のせいにする道を選べば「自立」はない道です。
大切な決定を人に任せてはいけません。
「私はどう感じるのか」そこに集中する時です。

100回目だから、もっとおめでたいメッセージかと思ったのですが、、なかなか厳しいメッセージ。
でもそれだけ今とても大切なターニングポイントに、私たちは立っているようです。


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by atelierkei-0520 | 2016-08-29 16:18 | オラクルカード

ライトワーカー・ジャパン

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今日はあるサイトの紹介。
「ライトワーカー・ジャパン」

私は去年の5月にこのページの前身で今はもうなくなってしまった「光の灯台」というページを偶然クリックして見つけた。
本当に何気ない「ぽちっ」だった。
その当時、私はサポートチームから「エンジェルナンバー攻勢」を受けていた時で、目に見えない世界、オカルトと言うよりは、天使とかアセンデッドマスターとか宇宙とかパラレルワールドとか、エネルギーとか前世とか、そういうものに興味を持ち始めていた時期だった。

そのページは「ザ・グループ」と名乗る高次元の存在のチャネリングを翻訳したページで、確か1996年か1998年か、それくらいから(これも確か^^;)2014年くらいまで、
年間数回にわたってアメリカの人がチャネリングした内容を日本語に訳して載せているものだった。
内容は主に「宇宙と地球で今起こっていること」みたいな話だった。
いくつか思い付きで選んだそのチャネリングの記事を読んで、「なんか、面白いな」と思った。

去年は2015年。
この記事を始めから時系列で読んでいけば、本当に今何が起こっているのかわかるかもしれない。そしてそれを知りたいと思った。

この時期同時にいくつかのスピリチュアルブログにも出会っていて、それらと並行して読んでいた。
全ての内容を理解できたわけではもちろんないんだけど、読んでいると不思議なことが起こるようになった。
その日読んだ内容がちゃんと理解できるような出来事が数日以内に不思議と現実で起こるようになったのだ。
本当に「え!!??」とびっくりすることが起こるのだ。
私はこのページで「アセンション」「多次元の話」「ブループリントの話」「3次元、5次元の話」「生きることの目的」「ヴォルテックス」や「ポータル」、「失われた伝説の古代文明の話」など、多くの話を知って、いくつかの話については読んだ後、実体験して理解するというのを繰り返していた。
一番リアルだったのは「大天使ミカエルの石」についての時だったけど、この時のことはまた書く機会があれば紹介します。

私が読み終わってしばらくして、この「光の灯台」は閉じられて、今の「ライトワーカー・ジャパン」に移行している。
「ライトワーカー・ジャパン」ではもちろん「ザ・グループ」の話も読めるが、「ザ・グループ」の後で私が気に入っていたのは「クライオン」という高次元の存在が話す話。
「クライオン」の場合は大抵、音声動画も載っていて、私は何故か、このチャネラーの人の声(ザ・グループとは別の人)にすごく特別なものを感じていた。
「クライオン」の話はちょっとぶっ飛んでいるものも多くて、それだけでファンタジーで楽しいのだけれど、同時にものすごくあったかいメッセージというか波動というか、そういうものをチャネラーの人の声からたぶん私はキャッチしていたようで、よく泣いてしまった。泣けてしまったというか。。
現実で辛いことがあってしんどくなると、「あー!今日はクライオン聞いて寝よう…TT」と
精神安定剤みたいになっていた^^;
「波動を高く保つこと」を意識したり「瞑想」なんかもこのページに出会ってやり始めていた。


私が一番これを読んでよかったと思うのはやっぱり「可能性」が広がったことだった。
自分が見ている世界は実はほんの一部なんじゃないか、もしかしたら、もっと違う見方があるんじゃないか、
そしてそれは今まで必死にかき集めてきた世の中に氾濫する「人として」「社会人として」「大人として」「友として」「家族として」「子供として」「兄弟として」「女性として」「男性として」
そういう「これが正しい」っていう、そういう枠を超えたところに、もしかしたら「答え」があるのかもしれない。
今までは見えなかった新しい「希望」が広がったことだった。

今は有料になっているこのサイトだけど、無料で読めるのもあって、9月のエネルギーについても載っている(これは無料♪こちら
有料の記事も一部読めるようになっていて、そこだけでも楽しい。

サイトにもやっぱり相性というものがあるみたいで、同じような内容のサイトでも、「うーー、しんどい。。これ」となったりするものもある。
だから「理解」しようとしてたくさんの情報を集めるのではなく、自分にとって「面白い」と感じるサイトだけを「楽しみ」として読んでいる。


上の写真は今週水曜日の近所の空。この時の空はちょっといつもよりすごかった。
なんだか、目には見えないけどいろんな可能性を感じさせる空だった。
私にとってこのサイトの記事を読むときは、こういう空を見る時と似ているなと思う。


(※サイトの紹介については管理者の方に許可を頂くことが出来ました)


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by atelierkei-0520 | 2016-08-28 09:04 | スピリチュアルといわれる世界

知ること

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今、ある本を読んでいる。スピリチュアルの世界では多分、有名な本。
著者はなるべく初心者にもわかりやすいように、簡単に書いてくれてはいるが、やっぱり本来のテーマが簡単でもないので、全部理解しているともいえないけど、私の興味センサーに引っかかったのでとにかく読んでいる。

私は「知る」ことは「可能性を広げること」だと思っている。
だから自分が広げたい方向のことを「知る」ことに、「誰が書いている(または言っている)か」とか、「その内容は正しいか」とか、「理解する(またはできる)か」とか「信じられるか」ということはあんまり関係ない。
「おもしろいか」「おもしろくないか」は重要だけど^^;
ただ「へ~そんな考え方があるのか」「そんな表現方法があるのか」と感じるだけでいいと思っている。
それを脳の中に入れておくと、つまり意識の中に入れておくと、自分が経験する世界の可能性が広がっていく。
だって意識が自分の現実を創っていくから。


そうやっていろんな視点を「知る」と、一つのことが自分の中で立体的になっていって、弟の言う「大きな気付き」になる時がある。
別の言い方をすると、大きな気付きを自分で創造する。
「なるほどー!!そういうことか!」とか「ハッ」としてその瞬間わかってしまうっていう経験をするとき、私たちは何とも言えない充実感に浸る。
これって、「理解できた!」っていう充実感というよりは、「創造した」っていう充実感なんじゃないかなと思う。
私たちは本当は毎舜毎瞬、何かを創造しているのだけど、この自分の中で確かに「わかった!!」って「感じる」時が、
私たちは自分の現実に新しい何かを「創造」したことを実感できる瞬間なんだと思う。

だから外からいれる情報を「理解」しようとすると、しんどくなる。
そうではなく「知る」だけでいいと思う。

「知る」ことが私たちの強みになる。
そう大天使ガブリエルが教えてくれたことがあったけど、それは私たちの可能性を広げるからなのだと思う。

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by atelierkei-0520 | 2016-08-27 11:42 | 日々の気づき

ある日のくまちゃん

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ある日のくまちゃん

うちのワンコとのコンタクト2回目の記憶。

意識を集中してルナに呼び掛けてみる。

私:ルナー、ルナー!

くまちゃん(ルナ)、すごい勢いで走ってくる。眉毛でてる。

犬って不思議。人のように「眉毛」といえる明確な「毛」はないんだけど(だって全部毛だから)、眉毛当たりの筋肉が、人のように気分によって動く。
特に強く感情が出ている時は、筋肉で眉部分に影ができて、それが「眉毛」に見える。
リラックスしているときは「はあー」って感じで、「八」の字。
逆に訴えたいときには「きっ」っと「逆八」の字。目もキラキラしてる。

この時は「逆八」の字。。ど、どうした、、そんな勢いで来て…・・;って思った瞬間、

ルナ:おねーちゃん、ルナ、お母さんに伝えてほしいことがあるよ!!

私:??

ルナ:お母さんに「おかずが多かった」って言って!お芋が多いよ!!

私:え?え?

ルナ、それだけ言って走り去ってしまった。

ルナは、ドックフードだと何故かアレルギーが出てしまうので、自然食にしている。お肉に便通対策と密かに節約の為に^^;サツマイモを混ぜる時がある。

私:お母さん、今日サツマイモ多かった??

母:え!?いや……ちょっと多いかなーって思ったんだけど、そのまま入れちゃった。。

私:ルナがお芋が多すぎるって言ってた^^;;;

二人でしーん。。やっぱり量は大切だね。。

こんなルナだけど、弟が逝ってしまう1か月前くらいから頻繁に籠っている弟の部屋に押しかけていて、
その時期にルナにコンタクトを取った時ルナは泣きながら「お兄ちゃんがたいへんだよ!!」って言っていた。
私はその時、弟にすごく腹を立てていたので「お兄ちゃんは自分と向き合ってるんだよ!」って返事をしてた。
「ちゃんと自分と向き合う時間が終われば、大丈夫なの!」ってルナにいったら、「ふーん、、そうなの??、、」と不安そうにしていた。
今思えば、ルナの方がちゃんとわかってたね。
動物はやっぱりすごいと思う。

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by atelierkei-0520 | 2016-08-26 10:03 | つぶやき

私たちと現実④

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私たちが魂の中に作った「現実」のための空間、それが「シアター自分」。様々な存在に助けられ、この「シアター自分」で繰り広げられる演目「人生」を体験していく。
そんな中、出演者の他、ガイドさんや守護天使さんなどの「魂のサポートチーム」以外で関わっていくことになるエネルギーがある。

その代表的な存在が「幽霊さん」たち。
「幽霊」さんとは、どんな存在なのか。
彼らは、私たちのように「シアター自分」を持たない。というか持てない。
なぜなら、「シアター自分」とはそれぞれの魂の中にしか持つことできない空間だから。
彼らは魂に帰る時、あまりに強い思い=特定のエネルギーを持っていたために、そのエネルギーにとらわれるあまり魂に帰るのを忘れてしまった迷子のような存在で、しかも彼らが持っているのはその時の「自分の感情」だけで、生きていた時の「彼ら」のかけらのような存在だと思っている。
だから、彼らには「過去」「現在」「未来」がない。彼らには「その時」しかない。それは時間を体験できないということで、時間が体験できないと「経験」できない。
人は「経験」を通して、抱えているものを光に還すのに、彼らは抱え込んだものを浄化できないのだ。
だから彼らは、自分と同じエネルギーを「シアター自分」の中に持っている人を探す。
その人物の管理している「シアター自分」の中に入るための小さな扉が運よく空いている時があって、それを見つけた時にそこから入っていき、その人物を通して「時間」を経験する。そしてその人物の人生の中の自分と似たエネルギーを一緒に体験する。
幽霊さんについては、とっても深い話になるので、ここでは簡単にこれくらいにしておく。
幽霊さんにもいろいろあって、自分に必要な幽霊さん、つまり出演依頼をしている幽霊さんとうっかり入れてしまった幽霊さんがいて、うっかりの方は守護天使さんらが大体は外に出してくれるのだが、たまに「シアター自分」の絶対責任者である「自分」が盲目的にその幽霊さんの滞在を許してしまう場合もある。
でもその場合も、深い目で見れば、やっぱり必要でそうなっているので、出演依頼しているともとれる。
似たタイプのもので「人の念」というのもある。
これは、その人が目の前の出演者のホログラムに固執するあまり、相手の「シアター自分」にまでエネルギーを飛ばしてしまい、入口が開いている時に入ってしまう。飛ばした人間はほぼ無自覚。
受け入れてしまった方は、自分の入口が開いてしまっていることを知らない。
この手の外部からの侵入というのは、「人生」の内容をオーバーにしてしまう。つまりそこまで経験しなくてもいいのにっていう状況にしてしまうので、なるべく避けたい。けれど、オーバーに体験してこそわかりやすくなるという面もある。
そしてこの外部からの侵入は必ず、その「シアター自分」の入口が無防備であり、かつ、シアター自分の内部の気圧、つまりその人の波動がやってきたエネルギーと近い時に起こる。そうでなければ入ることはできない。
だから、「幽霊」や「人の念」とは、仕組みを知れば、そんなに恐ろしくはない。扉をキッチリ閉める。これは「引き受けない」と宣言すること。
もっといいのは波動を常に高く保つこと。扉が開いていようが閉まっていようが入ってこれないから。

ただ、人の心は複雑で、様々なエネルギーを併せ持つ。
また仕組みを知らないのが今までの私たちだったので、どうしても入れてしまう時がある。
だから「真の魂の学び」以外でなるべくそういうエネルギーを引っ付けないように、また自分でも出さないように、「サポートチーム」が存在しているのだ。
一番たぶん効果があるのは、守護天使さんにお願いし、その後は守護天使さんにお任せして「安心する」こと。
「安心する」っていうのが特に重要。これは波動を高く保つことでもある。「チーム」の強みを最大限に活かしていて無駄がない。

「シアター自分」の天井はマッジクミラーのようなものでできている。つまり、私たちは中から外は見えないが、外からは私たちの「シアター自分」で繰り広げられている光景が見えている。
ここから、私たちを見つめている存在が、「大天使」や「アセンデッドマスター」などの高次元の存在。
彼らはとても高い視点を持っているので、私たちの体験することは全て大切なものだと知っている。それは脚本1だろうが脚本11だろうが変わらない。
だから大きなあったかいエネルギーで「シアター自分」が無事であるように外側から包み込む。だが、そんな彼らとの関係も今はちょっと違ってきている。
なぜなら、私たちの魂自身が次の進化を望んでいるのをハイヤーセルフを通じて、高次元の存在と私たち自身も知っているからだ。
そしてその中には、彼らのエネルギーと直接かかわることも含まれる。
私たちはこの「シアター自分」の天井にあるマジックミラーを可動式のスタジアムの天井のように、開くことができる。
私たちが望めば、自由にその場所にいる高い次元の存在と交流し、たくさんのヒントや知恵をもらうことができるのだ。
自分がそれを開くボタンを持っていたことを知り、操作を習得することでいつでも開くことができるようになる。
そこから見える世界は、高く美しい空と、その先は宇宙。
ここを開けるようになると、その綺麗な空に存在するさまざまな存在と交流することができる。
もちろん彼らの波動に近づくために、私たちも波動を上げなければいけないのだけど。
私たちは美しい空をみて、興奮したり、感動したり、一瞬時間を忘れたり、そういう体験をするためにわざわざしんどい思いをして山を登ったりする。
空や太陽やそんな風景に感動する瞬間は、「シアター自分」の天井を開けられる可能性を感じている瞬間なのかもしれない。
自分にその力があること、その空の向こうのたくさんのエネルギーを感じられるから、空を見上げるのだ。

私たちはそのマジックミラーの天井を開けたいのだと思う。
自分たちは薄暗いシアターの中の一人ぼっちの存在ではなく、そとには広い空と宇宙があり、たくさんの素晴らしい存在がいることを本当は知っているから。


この「シアター自分」とは何なのか。
私はこれは「意識」だと思っている。もっと言うと「肉体」も含めた意識。
魂の中に「私」が確かな存在としてできる時「シアター自分」は「私の意識」として登場する。そして肉体を通して様々な経験をする。
「シアター自分」の可能性はとてつもない。その中で経験することは全て「シアター自分」が作るのだから。
だから、人間が持つ意識とは、私たちが考えている枠では収まり切れないとてつもなく大きな存在なのだと思う。

また「意識」についても書く機会があればと思っている。

とりあえず、「シアター自分」はおしまいです。

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by atelierkei-0520 | 2016-08-25 15:07 | スピリチュアルといわれる世界

私たちと現実③

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「シアター自分」で繰り広げられるドラマに登場する出演者たちは、事前に脚本を書く段階で「出演交渉」をして了解してもらった他の魂さんたち。
同時に私たちも彼らの「登場人物」として彼らのシアターに出演することを了解している。
舞台の上で登場する人物たちは、「ホログラム」という形をとって登場する。なぜならそれぞれの人もそれぞれの「シアター自分」の中にいるし、同時に何人もの人の登場人物として出演しなければいけないので、他の人の舞台には「ホログラム」として、相手が望む役柄を演じている。
もちろん相手のための演技を通してその人たちも様々な体験をし、自分の学びにする。
だから、よく人が自分のことを自分が思っているようには見てくれていなかったり、一人の人に対して、人によって評価が違うのは、それぞれの脚本を通した人物をそれぞれが体験しているからともいえる。

「相手に対して見方を変える」と、それをするだけで、今まで見ていた人の「キャラ」が変化することになる。
これは複数持っている脚本の中から、その時採用していた脚本から別の脚本に変えること。

例えば「最悪に嫌な人」と思ってた人が、実はすごい苦労している人だとわかると「嫌な人だけどそこまで悪じゃない」って思えるようになって、その視点を持ってその人と接すると、なんか前みたいに嫌じゃなくなるとか。
これは、「最悪に嫌な人」がいる脚本1を演じながら、「実は苦労している」その人がいる脚本2の存在を見つけ、「嫌な人だけどそこまで悪じゃない」と認識することで脚本2に移行し、今度は「前みたいに嫌じゃないその人」がいる脚本2を体験して行くことになる。
脚本1と脚本2の差はほんの少し。でももし脚本が11まであるとしたら、脚本1で見える世界と、脚本11で見える世界は結構な差があるんじゃないかと思う。
高次元の存在がよく言う「自分の最も高い可能性」とはこの脚本11のことだと思っている。
大切なのは、目の前の現象のどこかに「別の視点はないか」と探すことだと思っている。
それは、自分の中の別の可能性を探すこと、つまり別の脚本の存在を探すこと。
これを繰り返し、少しずつ私たちは成長していく。そして自分が決めた「高い可能性」に移行していく。
自分が脚本を変えると、目の前で「嫌な人」を演じていたその人も、もう「嫌な人」を演じる必要がなくなる。だから、目の前の人も少しづつ開放されていく。

ただし、自由意思のルールのもと、演じている人にも選ぶ権利がある。
その人が「自分はもう少しこのままで学びたい。だからあなたの脚本8以降には出演できないよ」っていう場合もあって、その場合は、私たちが脚本8に移行する時に、その人は自分の人生から自然な形で(例えば引っ越しとか転勤とか)退場していくことになる。
また、私たちが気付くべき新しい視点の存在を探さず、今持っている視点に固執すればするほど、彼らは「まだ気が付かないの!」と「悪役」の人はますます「悪役」度合がひどくなったり、「いい人役」の人は「いいかげんこの脚本に私は出演し続けることはできないよ」と脚本からいなくなってしまったりする。
自分の目の前の登場人物たちの目的は少しでも私たちを「高い可能性」に導くことなのだ。

自分と他の人々はこうやって自分の人生の「登場人物」として関わっていく。
私たちは「リアリティー」を追求するあまり、こういった現実を構成している様々な仕組みを忘れてしまっていた。
けれどその仕組みを知ると、その根っこ部分には、びっくりするぐらいのポジティブなエネルギーしかない。
それを知ると、どんな場合にも「感謝」しかないのかもしれないと思う。
「他者を思いやる心」
私は、人が持つ魂の奥の奥にも、そして、その他のどんな存在にも、このエネルギーが必ず存在していると信じている。
もちろん、たぶんこの視点は脚本11の視点に立った場合だと思うし、まだまだ脚本11は遠い感じもする。
でもその脚本の存在を知ったってことだけでもいいんじゃないかと思っている。

次は「シアター自分」に招かれざるエネルギー「幽霊さん」なんかも含め、「シアター自分」自身について書いてみたいと思う。


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by atelierkei-0520 | 2016-08-24 09:51 | スピリチュアルといわれる世界

私たちと「現実」②


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波動を上げていくと見えてくる「現実」の形ってどんな世界が広がっているのか。そんなことをちょっとまとめてみたいと思う。
何度も書くが、これはあくまで私の感じ方。っていうか、「妄想」^^;
正しいか正しくないかっていうことよりも、こんな見方している人もいるっていうことを紹介するために書いている。

波動を上げて「現実」を見るとは、見えない世界のことを知ることで、今まで自分たちが現実だと思っていたものは一部であって、その周りには、たくさんの存在や仕組みがこの「現実」の制作に関わっているということを知ることだと思っている。

高次元の存在の話や自分が体験したエネルギーの世界のことを合わせると、
私は現実とは「シアター自分」で繰り広げられる超精巧な「演劇」であると感じている。
「演劇」の目的は観客を楽しませるためではない。目的は主人公である「自分」が、演劇の舞台の上でしか体験できない「体感」を通してありとあらゆる経験をすること。
だから「シアター自分」で繰り広げられるドラマは、どんな些細なことでも、すべて「自分」のため。
そしてこの舞台の為に、たくさんの存在たちが喜んで、大真面目にサポートしてくれている。

私たちは、まず、自分の魂の中に「シアター自分」というスペースを作る。そしてそのスペースに入る時、今回の演目の「ブループリント」と呼ばれる「脚本」を持って入る。
これは事前に他のたくさんのサポートしてくれる「先輩」たちのアドバイスをもらいながら、「チーム自分」で考えたもの。
しかも、脚本はちょっとずつ中身が違う複数パターンを持って入る。この脚本は、「自分」の成長に合わせて、また成長の為にハイヤーセルフとローセルフに導かれながら、ミドルの自分が、どの脚本を舞台で再現させるのかをその都度決定していく。
シアター自分の中には「ハイヤーセルフ」「ローセルフ」「ミドルセルフ」の三人で入るが、中には大きな舞台とその前に椅子が一脚しか置いていない。
そこで、「ハイヤーセルフ」は舞台の天井にある「監督席」に移る。「ローセルフ」はこの時点で「ミドルセルフ」の「影」になる。
「ミドル」な私はここで、視界から消えた「ハイヤー」と「ロー」の存在を忘れ、舞台目の前中央に設置された椅子に座る。

では、「魂のサポートチーム」たちはどこにいるのか。
彼らは舞台裏のスタッフとして影ではたらく。決して舞台の上などの「ミドル」な私の視界には入らない。
「守護天使」たちは舞台裏で「ミドル」な私が舞台を存分に演じられるよう様々な仕事を担当している。
それは、例えば、場面転換から「ミドル」な私のお世話まで入る。
「ガイド」さんたちは、「ミドル」な私が座っている椅子の後ろのカーテンで仕切られた一見壁みたいなところに控えていて、私たちの様子を見ながらその都度必要な時にささーとそこから出てきて、「ミドル」な私の後ろから「耳打ち」でアドバイスをくれる。
この時もやっぱり、「ミドル」な私の邪魔をしてはいけないので、姿は見られないようにしている。

こういう状況の中、いよいよ「人生」という舞台が始まる。
舞台で「人生」を上演するために必要なのは「状況」と「人生で関わる人達」という「出演者」。
「状況」の方は舞台自体が超ハイテクで出来ていて、予め決められている脚本通り、すでにプログラムされていて、しかも、「ミドル」なわたしの脳からの電気信号もキャッチして、臨機応変にあらゆる「状況」を舞台上に再現できるようになっている。
「出演者」の方は、「脚本」を書く時点でたくさんの魂に出演依頼をして快諾してもらい、あらかじめどの場面で誰が登場するのかを決めてきている。そして、同時に自分自身もその人たちの登場人物として役を演じることを約束してきている。この「合意」があって初めて出演者が決まる。
この舞台は大まかな設定は決まっているが、「アドリブ」満載の舞台でもある。「ミドル」な私がその時経験したいことを、即興で再現できるようになっている。
ただし、あまりにも筋書きから外れようとすると「ハイヤー」や「ロー」の修正が入る。

こんな中、次はこの「シアター自分」で繰り広げられる「人生」に登場する他の出演者たちとの関係性を書いてみたいと思う。

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by atelierkei-0520 | 2016-08-23 10:08 | スピリチュアルといわれる世界

8月21日が終わって、感じること。

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昨日は朝起きたら、なぜか全身筋肉痛みたいな痛みが体を縛り付けていて「あらら、21日だから??」なんて思ったが、「体操」と「グラウンディング」でなんとか持ち直した。
そして、久々に友人達とその赤ちゃんたちと戯れて、一日穏やかに過ごした。
表面上はとても穏やかなごくごく普通の日。
でもいくつか私にとってはちょっとした変化というか、前進というか、「脱皮」というか、そんな、螺旋階段をくっと上がるようなそんな感覚があって不思議な日だった。

一つはあるものからの「卒業」。
それは、私が去年の5月からこの見えない世界で何が起こっているのかを教えてくれていたものの一つだったのだけど、少し前から、「違和感」を感じるようになっていたもの。
「違和感」を感じながらも、でもずっとお世話になっていたし、これ好きだったしと思って続けていたのだけれど、昨日のタイミングであることがあり、「過去の自分」がどうであれ、「今の自分」が違うのなら、もう「卒業」しようと踏ん切りがついた。「卒業」できたのだ。小さいことだけど、私にとっては大切な一歩だったと思う。

もう一つは「新たな目標」がやっと形として目の前に現れてくれたこと。これには本当にワクワクする。
これについても昨日のタイミングである「お返事」を頂き決まった。
それはずーっと私が見えない世界に開眼してから「自分は何がしたいのか」っていう疑問の第一歩としての答え。これについても本当にうれしい。

そして、もう一つは、「あとちょっとかもしれない」っていう感覚を掴んだこと。
これについては「あとちょっと」がどれくらいなのかはわからないから何とも言えない面があるのだけど、本当にあとちょっとで感覚を掴めそうなのだ。
そしてそれはもしかしたら拍子抜けするぐらい「簡単で単純なこと」のような気がするのだ。

夜、、弟に「なんかさ、もしかしてめっちゃ単純なことなんじゃないの?あんたなんか色々言ったり、動画薦めたりしてたけど、あの動画なんか見なくても全然良かったんじゃないの??」って聞いてみた。

すると弟
「ねえちゃん、わかってないな~。たくさんの探求の中の小さなカケラが集まって、いつか大きな気付きになるんだよ」だって。

「む!!またいいこと言いおる!」と思わずメモした。

暗中模索も無駄じゃないんだね。

友人宅のテレビで流れていたMTVで帰るちょっと前から「マイケルジャクソン」が延々と流れていた。
マイケルジャクソンはスピリチュアルの世界では大天使ミカエルの魂を持った人として有名。
そんなマイケルのビデオが流れていたのもなんだかサポートを感じた。
「順調ですよ^^」そんなメッセージ。
なんか、これからの可能性を楽しみにしている自分がいます。



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by atelierkei-0520 | 2016-08-22 11:30 | つぶやき