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カテゴリ:◇日々の気づき( 115 )

タイムトラベル!? 2020 4月5日11時45分のポイントへ

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2020年4月5日11時45分

昨日はこの時に世界同時瞑想の呼びかけなどが飛び交っていましたね~^^
「瞑想したよ!」ってお話もちらちら聞いています。

私は、ちょっとこの辺が疎くて、情報は知っていたんですが、なんだかタイミングが合わず、参加せず^^
変わりに少し時間はずれたのですが、別の瞑想をやったりしていました。

でも不思議なんですが、昨日の夜、この「マカバーバ」の動画を見て、いろんなことが「!」となって、全ては流れどおりになってるなと感じました。

最近、毎日夜、次の日のことを「タロットさん」に聞いてみるというのをやっています。
一昨日4日の夜に5日のこととして出てきたのが、これ↓

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なんか、いい感じですよね。
でも、「マカバーバ」の動画を見て、更に納得!!
「みずがめ座のエネルギーが到来するよ♪」ってことだったのですね~~^^

昨日は、このスタートを意識していたのではなかったのですが、私は何故かジュエリーの「ネットショップ」を開業しました。
実はまだ、作品数などが少ないので、公開するべきか迷うところだったんですけど、4月に公開しようと思って頑張っていたのと、
前日に「タロットさん」を引く時に、明日、ネットショップ開業はどうかな?なんて思っていて、上のような結果だったので、タイミングがよさそう!と思ったからです。

古い時代のエネルギーの残り香を纏いながらスタートするのではなく、全てが切り替わったそのスタートの時期に公開することになってたということに、やっぱりちゃんと流れに乗ることになってるな~なんて、おめでたく満足しています。

そして、なんと昨日、我が家の車のバッテリーが完全にいかれてしまい、交換することに!
交換時期にはまだ早かったので、車の持ち主は「なんで?なんで??」と首を傾げていましたが、「みずがめ座のエネルギーの強大な第一波」がやってきていたのなら、仕方がないですね~。
大きなエネルギーを受ける時は、何かしら電気系統がやられるのにも慣れてきました^^

冒頭の世界同時瞑想に話を戻しますが、これはこれで、本当に凄いことだと思います。
大きな力になったのは間違いないですね♪

でも、この時間に「瞑想」できなかった方、がっかりしないでくださいね!
私たちの、「時間」とは、本当は存在しません。「時間」は限られた世界にしか当てはまらない感覚なのです。

ちょっと、私のこういう時期の認識を書いたメルマガの一部分をご紹介します。
(17通のお試し便の中の1通です。)

私たちを構成するエネルギーが変化する日・時間・時期というものが確かにあります。
占星術などでよく紹介される重要な日などのことです。
そうしてそういう時にあわせて、人が強く何かを願うと意識の力によって変化が加速する・叶うなんて言われていますね。
「時間」を合わせるのがとても重要だといわれたり「一定数の人が意識を合わせること」がとても重要だといわれたりします。
これは、確かに3次元ではとても効果があると思いますし、確かに重要な場合もあるかもしれません。
でも、今回はちょっと別の見方をしてみたいと思います。

いろんな情報にももう書かれていますが、「時間」というのは「3次元」でのみ通用する概念です。
私たちの世界を「3次元」から抜けたところから見ると、そこには時間があるのではありません。

私たちが「過去」「現在」「未来」と名づけた可能性という粒子が、「今」この瞬間に同時に存在している。
これが私の今の「世界」に対する認識です。
「クォンタム」な宇宙ですね。

では、占星術などでいわれる「私たちを構成するエネルギーが変化する日・時間・時期」とは何なのでしょうか。
ちょっと、「時間」という枠をはずして考えて見ましょう。

私が「時間」の外から、「特別だといわれている」日を見た時に見えたもの。
それは「ポイント」でした。

宇宙のダイナミックな動きの中で発生する「エネルギーの集約ポイント」
それが占星術などで取り上げられる「特別な日」の私なりの感覚です。

「集約ポイント」にはそのポイントが持つ性質と共鳴する「思い(願い)」というエネルギーが集約していきます。
つまり、最近の「変化」という動きが決定的になるという日の場合なら、今までの在り様から、別の在り様への「変化」を促すエネルギーの集約ポイントとなります。
「集約ポイント」とはブラックホールのようなもの。
そしてそのポイントである一定のエネルギーが集まると別のタイムラインの宇宙と繋がります。
「変化した未来」が存在している別の宇宙です。

宇宙で同時に存在している「過去」「現在」「未来」の全ての場面で、
誰かが本気で願った「変わりたい」「変えたい」という思いのエネルギーがそのポイントに集約されいきます。

つまり、例えば だれかが

過去世のどこかの場面で「どうか世の中を変えてください」と強く願ったり、
「絶対にこの世を変える!」などと強く思ったのだとしたら、

その人生では叶わなかったとしても、その願いのエネルギーが「今日」という集約ポイントに集まって、「今」の人たちの思いと合わさり、変化のエネルギーを加速・増大させていくのです。
そういう観点から見ると、「今」という「時間」が変化を起こすために必ずしも必須ではないことがわかります。

大切なのは、心から沸きあがる自分の「声」に耳をすまして、自分が何を望んでいるのかを「意識」することです。

「いつ」叶うのか。
本当に叶うのか。
そのために「いつ」祈るのか。
どうやって祈るのか。

世の中には願いを叶えるためのテクニックや作法?のようなものがあふれてはいますが、そんなことも考える必要はないように思います。

なぜなら
人が心から願ったり、祈ったりする行為は、それが宇宙というダイナミックな流れのポイントに合うことであれば、必ず吸収されていくからです。

そして
宇宙というダイナミックな流れのポイントに合うこととは何かといえば、心から自然と湧きあがる「自分の思い」なのです。
それこそが宇宙の流れと自分が共鳴する「意識」だからです。

宇宙が持っている「エネルギーの集約ポイント」で存在するのは、私たちがイメージする「現象」ではありません。
そうではなく、エネルギーの「在り様」だと思います。

「あなたはどんなエネルギー状態で在りたいですか?」
宇宙はいつもこれを問いかけて、私たちの思いのエネルギーをポイントに集約し自らを変化させていきます。
(アトリエkeiのメルマガお試し便【在りように意識を向ける】から)




つまり、2020年4月5日11時45分というのは、
私のイメージでは上の説明でいうところの「エネルギーの集約ポイント」なんです。

でね、今日、この「マカバーバ」の動画をご紹介したのには理由があって、この動画自体が「2020年4月5日11時45分」に強力にアンカーする「コンセント」のような役割を持っていると感じたからです。

私は5日の夜、この動画を見ました。
偶然ではないと思っています。
3次元の私は、結構その辺りは鈍いのですが、私のチームはしっかりしているのですね。
結局はこのマカバーバの動画で「2020年4月5日11時45分ポイント」に連れて行かれました^^;;

動画は私たちの意識、意図をはっきりさせる効果があるように感じます。
意識・意図がクリアになれば、現実が決まります。
ご興味お持ちの方はよかったら見てみてください。
マカバーバが「やや、拡散希望^^」と言っていたので、「やや」というところが、このブログに丁度いいなとも思い紹介してみました^^

17通のお試し便にご興味ある方は、こちらからお申し込みください↓

本メルマガ「アトリエkei通信」はこちら↓
こちらは今週は動画繋がりで最近面白いと見ている動画なんかもご紹介しようと思っています^^


by atelierkei-0520 | 2020-04-06 23:08 | ◇日々の気づき

2020春分前日の夜・これからの感覚

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明日は春分ですね。
しかも2020年の春分です。
明日を境に、本当に私たちは新しい世界に入っていくようですが、その前日である「今日」という日に、昨日大天使ミカエルに教えてもらったことをシェアしたいなと思いました。

このブログを読んでくれている方たちは、またライトワーカーの自覚を持つ方などは特に、これまでたくさんの浄化を経て今があると思います。
何度も転がりながら「じぶん」と向き合って、考え方・捉え方を大きく変えていき、新しいクリアな目で世界を見るようになってきていると思います。

そんな皆さんは、これから次の段階に上がっていくわけですが、この時に私たちはまた少し、感覚を変えていく必要があるようです。
これまで私たちは「じぶん」に集中してきました。
「じぶんが何を感じ、何を望んでいるのか」
そして、「じぶん」の感覚を信じることや「じぶん」を満足させていくことがどれだけ大切なことなのかなどを学んできました。

大天使ミカエル曰く、これからはその感覚の上に「それが全体にとってどうであるか」という視点が必要になってくると言うことでした。

ミカエルは
「あなたが取る行動や決定が、全体にとってどうであるかを常に意識することが大切です。なぜならそれが次の世界の感覚だからです」
とメッセージをくれました。

「全体にとって」と聞くと、かつての「全体主義」を思い起こしそうになりますが、ミカエルの言うことはそういうことではありません。
かつての「全体主義」は、全体のために「個」を殺すことを求められましたが、そうではなく、「個」の先にある「全体」という意味です。

例えば、「備蓄」という例を上げてみたいと思います。
「備蓄をしよう」と思ったとき、皆さんはどういう理由でその行動を選択しますか?
もちろん、「自分や家族が万が一の時に困らないようにするため」ということが一番だと思います。
でも、個の行動の先にどういう「意識」を選択するかはいろんなパターンが考えられます。

「なくなったときどうなるかわからない、それが怖いから」
「もの凄く困ることになるかもしれないから。奪い合いになるかもしれないから」
という「意識」から

「モノをそろえておくことで安心できるから。安心することによって自分や家族の波動は安定するし、それによって全体の波動によい影響を与えられるから」
「モノがたくさん流通しているうちに出来る人が備蓄しておけば、本当に大変な時期には自分たちは買いに走らなくていいので、本当に必要な人々に物資が届けられるから」
という「意識」もあります。

今までの「全体主義」感覚では、とくに下の二つの「意識」は「こじつけ」や「言い訳」や「へりくつ」とか「偽善者」なんて言われそうですね。

でも、違うのです。これからはココがめちゃくちゃ大事になってくるのです。
なぜなら、ここの意識が「現実」を作っていくからです。そしてそれは「次元の選択」になっていくのです。
ミカエルのいわんとするところは、まずこの「意識」の選択がめちゃめちゃ大事になってくるということだと感じました。

ミカエルのいう「全体」とは「ワンネス」の感覚で、「愛」と「思いやり」の感覚です。
私たちは完全に独立しながらも、全体で繋がっている。そういう世界に入っていくのですね。

行動や決定の「意識」にも「個」の意識と「全体」の意識を同時に持つことが次の世界のようです。
まさに、「多次元」です。

自分の行動のベースになっている「意識」にちょっと注意を向けてみてください。
おそらく、「しばらくの間」だと思います。
なぜなら、全体を思いやる意識は本当に普通のことになっていくからです。
それがアセンションなのだと感じています。

2020年春分。
皆さま、どうぞ素敵な時間を^^♪

by atelierkei-0520 | 2020-03-19 23:48 | ◇日々の気づき

感謝について

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最近、なぜ「感謝しましょう」と言われるのかの、本当のところが少しだけ分かってきた気がしている。

3次元での「感謝しましょう」って話って、どうも「義務感」が強い気がする。
いや、話の本体は、「自然とそうなるでしょ?お世話になってることを考えれば、感謝したくなるでしょう?」という問いかけから始まって、
「感謝できない」と思ってしまう人に対しては、「感謝しなさい!」という話になるし、そうなると、その話をまじめに受け取った人は「感謝しなければならない」みたいになっていく。

それが「できた人間」「目指すべき人の姿」

でも、心の奥底でひねくれた自分がいる場合って、本当は「感謝」っていうのは、「しよう」としてできるものではないと分かっている。
それは「湧き上がってくる自然な気持ち」だから。

だから、例え頭では「感謝したいな~」と思っても、感謝が分からなかったりすることがよくあった。

スピの世界でもやっぱり「感謝」は重要だとよく聞く。
エネルギーの話を織り交ぜたビジネスの世界でも。

どうして、「感謝するといい」とか「感謝しましょう」とか、そんなに「感謝」を重要視するのか。
「感謝」ってなんなのか。

最近、ホ・オポノポノを続けているせいなのか、それともそういう時期に入ったからなのかは分からないけど、時々、ただ素直に「感謝」の気もちになることが良くある。
それは「しなきゃいけない」とか「しよう」とかそういうしようとするものではなくて、ふとした瞬間に、なんか全てのものに感謝したくなるのだ。
「私が今ここに、こうやって存在しているのは全てこの目の前のモノたちのおかげなんだな~」なんて思ってしまい、その瞬間に「全てに感謝」となってしまうのだ。

そうすると、あることに気がついた。
「感謝」すると、なんか自分の心のハートの辺りがめっちゃうれしくなるのだ。
感謝したら勝手に心がうれしくなるのだ。

そうして、なんとなくわかってしまった。
なぜ「感謝するといい」のか。「感謝しましょう」って言われるのか。

今私は、「ワンネス」という感覚を本当に少しだけ知りつつあるような気がしている。
その感覚は、ふとした瞬間に、周りのモノや環境や人の感情のようなものが、自分の心の中で同時に感じられるもので、それでいて、その感覚はどこから来ているのかもちゃんと分かる。
それは、相手のことを「たぶんこうなんだろうな~」と想像するのとは全く別次元の感覚でとても不思議。

感謝すると、そのとたん、相手の「うれし~」って気持ちが、私の中に同時に現れる。
感謝する対象が、例えモノであっても、そのモノが「うれし~」と喜んで、その喜びが私の中に流れ込んできて、私の心も「うれし~」ってなるのだ。

感謝すると、自分の中で「うれし~」って喜びの気持ちが相手のものと合わさって共鳴して増幅していく。
そりゃもう、なんだかものすごく心地いい。
「喜びが増幅する」って、なんかすごくないですか?

めっちゃエネルギー大きくなりそう。
「感謝」はポジティブなエネルギーをこうやって大きくし広げて波及させていくんだ。
だから、「感謝」なんだと気がついたのでした。

「感謝」がすごく心地よいから、つい無邪気に「ありがとう!」って思ってしまう。

友人の一人に、感謝で身悶えてる人がいたけど、なんか、ちょっとだけわかってきたかもって思ったのでした。

皆さま、今週もおつかれさまでした^^



by atelierkei-0520 | 2019-11-23 23:12 | ◇日々の気づき

ありえん「思い込み」を作り出す、「潜在意識のふしぎ」

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先日、ルナの年齢が、ずっと思い込んでいた14歳ではなく、実は12歳だったという衝撃(我が家にとって)の事実を書いていました。

いつ、おかしくなったのか、本当にわからない…。。
ただ、一年ほど前(ルナ11歳の時)私が何気なく家族との会話の中で、「ルナももう12歳だしね~」と言ったら(この時点で何故かもう1歳間違えてる)、「何いってんの??!!ルナは今13歳だよ!!」と強く言うヤカラがいた。

私は「へ???え???そうだった??」と思ったものの、そのヤカラの「だって何年にこれしてあれして、その時にルナが来て、だから13年は間違いないんだよ!」と言う「数字」が含まれた返答に圧倒され、「…はあ…そうだったけ、はあ、、そういわれてみれば、そうなのか、、いや、そうだったんだ、、私、どうして12歳だと勘違いしたんだろう…」となってしまった。

ところが、先日、ルナの書類や写真が置いてある棚を整理していたら、なんと母の文字で「2007年7月21日、ルナが我が家に来る」というメモが張られた写真を見つけてしまったのだ。。

2019-2007という簡単な引き算をして「12」という数字が出てきて、その後は頭パニックでした。


今、私はホ・オポノポノをやっているけど、これを知るようになって、「潜在意識」というものがどんなものなのかって言うのが、ちょっとずつ分かってきた。

「潜在意識」とは本当に実におかしな存在なのだ。
上の勘違いも、おそらく潜在意識の中で起こったことだと思うので、こういう勘違いは、スピ的にはパラレルワールドとかマンデラエフェクトとか、いろんな見方ができるのかもしれないけど、今日はちょっと潜在意識と言う点でみてみたいと思う。

ホ・オポノポノをやっていると、よく、なんじゃそりゃ==!??と顕在意識がびっくりする「潜在意識の思い込み」というものに出くわす。
顕在意識からすると、どうしてそうなったのか、本当にわけがわからないのだけど、なぜか潜在意識は「それが真実である」とか「それが事実である」とか、そんな風に思い込んでいて、その思い込みによって顕在意識を支配するので、顕在意識もそのおかしさに気がつかない限り、外側からのどんなアプローチにもまったく聞く耳を持てない状態になっている。
そうして、いつも何かしら「悩む」、これが顕在意識というか私たちなんだ。

ホ・オポノポノの考え方では、この仕組みを理解できるように説明してくれているところがあって、そこを知った時はなるほどなと思った。

私たちが体験している「出来事」は本来はバラバラの要素で出来上がった積み木のようなものだ。
例えば、「ルナは12歳」なら、「ルナ」と「12歳」は別々。
で、これらの要素をきちんと整理して繋げてくれているのが顕在意識。つまり左脳。

ところが、この左脳が休んだりしている間に、「要素」はバラバラになって、中が全く見えない「潜在意識」という「ブラックボックス」に収納されていく。
この「ブラックボックス」では、その中で何が起こっているのかはわからないのだけれど、
何かの拍子で顕在意識の記憶による順番ではなく、
「潜在意識の都合」で要素が繋がれ別の「記憶」に変換されてしまうことがあるのだ。

それが「思い込み」と言うやつなのだ。

例えば、「ルナは12歳」という記憶と「14歳は犬としては高齢」という記憶があるとする。
要素に分けると、「ルナ」「犬」「12歳」「14歳」「高齢」となるよね。
で、これが「ブラックボックス」には入ると、何かの拍子に「ルナ」「犬」「高齢」「14歳」だけが引っ付く。

でね、潜在意識が持つ特徴に、とにかく自分の思い込みを現実にしてしまう、という点がある。
そこには、時間の感覚とか、理性とかが全くないから、とにかく、自分が「こう感じたい」と思っていることを「ただ感じたい」
それが潜在意識なので、「いつ」とか「なぜ」とかは全くどうでも良く、ただ「感じたい現実」を「確かな現実」にしてしまい、顕在意識をも支配する。

ルナの場合は、例えば、私がルナが歳を取っていくことを認めたくない気持ちが「ルナ、14歳」にしたのかなとも想像する。
なぜなら、もし「ルナが14歳」だったとしたら、ルナはまわりの同じ歳のワンちゃんよりも、ずっと若くて生き生きしているように見えるから。
実際、私は「ルナちゃん、14歳なの??若いね~!!すごーい」なんて言われたおりには、うれしかったし、ルナが「14歳」でこんなに元気なら、18歳ぐらいは軽いんじゃないかって思ったし。

ただ、ここは厳密に言うと「なぜ」「どうして」そうなったのかは分からない。それが潜在意識だから。

でね、この「潜在意識の顕在意識を無視した暴挙」がいつ行なわれるのか、私はそれを知ってしまう体験をしてしまった。
それは、「寝ている時」なのだ。
左脳・顕在意識がその仕事を休んでいる時、潜在意識は顕在意識の「記憶」を「解体」し「繋ぎなおす」。

実は少し前、私はこの潜在意識がこれを行なっている現場に居合わせたことがあった。
これに気がついたときは、一人で爆笑した後、「なるほど~~」と関心した。
面白かったので、ちょっと紹介します。

ラグビーの日本×サモアの試合があった日の夜だった。
布団に入って、もう少しで「寝る」ってとこで、ある光景が見えてきた。

それは

・うちの家の台所のシンクで
・赤と白の縞々のシャツを着た
・ドレッドヘアの筋肉パンパンのお兄さんが
・うちの一番重たい鉄鍋を
・ゴシゴシとたわしで洗ってる

ってやつでした。

これが見えたとき、私は眠気が吹っ飛んで、思わず大笑いをしてしまった。
これは「夢」。私が眠りに入り、夢を見始めたときの話。でも、実はすごい体験だと思った。
なぜなら、人が「思い込み」を作り上げるその工程を私は見てしまった気がしたから。

なぜこの要素たちがくっついたのかは、本当のところは分からない。
でも例えば、私の「もう~~、この重い鉄鍋、手首おかしくなりそう!!やだ!」って気持ちがこの要素をくっつけたのかもしれない。
それから、根本的な思い込みとして、「わたしはかわいそう」ってのがあるのかもしれない。
だから、思い鉄鍋を自分で洗わなければいけない現実を作って、「うんざりー」って思う現実を作ったり、今度はもしかしたら「じぶんはかわいそう」の思い込みを強化しようとしていたのかも。
そうして
「思い鉄鍋は女には無理」「女なのに洗わなければいけない自分はかわいそう」「鉄鍋は男が洗うべきだ!」、、、
「私はかわいそう」という思い込みに気づかないまま、ただ鉄鍋を見るとうんざりし、そのまま自分に何となくうんざりし、「なんだかなー」なんてなってしまうのかもしれない。

でもね、これって、本当に実はばかばかしいんだよね。
「私はかわいそう」って思いながら、ひそかに泣いてしまったりすることは深刻そうに見えるけど、例えば、4年後ぐらいに「堀江選手っていうあのドレッドの選手って、あの後、なんかの食器洗い洗剤のCMに出てたよね!鉄鍋洗ってた記憶があるんだけど」とかっていう勘違い記憶で友達に「そうだったっけ~」とか言われてしまうなんていう、どうでもいい勘違いと、構造はまったく同じものなのだ。

長くなったけど、要するに、私たちの今抱えている悩みって、この潜在意識が作り出した「こう思いたい」っていう「思い込み」が原因である場合が多いのだ。
それは、本当に、知れば顕在意識の眠気が一気に覚めるような「びっくり仰天」の理屈だったりするし、本当にそれは「悩み」ではなく、ただの「思い込み」だったりするのです。

でも私たちは、本当に真剣に悩みます。
確実に私たちは「思い込んだ現実」を「見たい現実」として体験して、そうして何故か本当に悩んでいるのです。

じぶんって、本当に不思議な存在です。
今日はわけわからん「潜在意識」を
わけわからん感じのまま、書いてみました^^

困った潜在意識だけど、わけが分からんのだけど、「わけ」を知れば潜在意識の「愛」にも感動する。
それが「潜在意識」。
不思議です。

潜在意識に興味のある方は、「ホ・オポノポノ」おススメです。
こちらのワーク、まだ募集してますので良かったら^^↓




by atelierkei-0520 | 2019-11-07 23:05 | ◇日々の気づき

自分のアニマル・スピリット・ガイドと話してみた

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最近「アニマル・スピリット」がとっても気になる件。

「アニマル・スピリット」とは、地球の動物たちのエネルギーのことで、ネイティブアメリカンの思想なんかでよく登場する。
彼らは、動物たちのエネルギーと時間をかけて関係を築き、人生の様々な場面でいろんな動物たちの能力を借りて難局を乗り越えたりしていたそうだ。

私が今気になっているのは、自分の中にある「アニマル・スピリット」だ。
それは自分がもともと持っている「地球」としての側面でもあり、自分の魂の歴史とも縁の深いもので、私たちを守護し導く「ガイド」としての役割も持つ。

なんとなくなんだけど、今この「自分の中の地球」と繋がる必要性を強く強く感じる。
それは、私たちが忘れてしまっている何かを取り戻すような感覚だ。

ということで、先日判明した私の「アニマル・スピリット・ガイド」の「サイ」さんに会ってきた。

サイさん、
「私たちはあなたの一部だ」と言う。
「あなたの持つ隠れた側面、あなたが思ってもみなかった自分の一面」と言う。

そこで、すこし突っ込んで聞いてみた。

kei:あなたと繋がるメリットはなんですか?

サイ:あなたが自分の能力として私たちの長所を使うことができるようになります。

kei:長所を使う時はどうしたらいいのですか?

サイ:心の中で私たちを思い浮かべて手伝って欲しいと願ってください。
または、自分には私たちの長所が備わっているとイメージしてもらうのも素晴らしいです。

kei:天使との違いは?

サイ:私たちはあなたの能力の一つです。
天使の役割は、私とあなたが前に進むのを助けます。
あなたが前に進むため、羽を広げ道を照らすのが天使の仕事。
私たちはあなたという器の中であなたの能力として活躍します。

kei:あなたはどんな風に私を助けてくれるのですか?

サイ:私はあなたが持つ地盤を固めます。
固めながら一歩一歩確実にあなたを前に進めます。
確実に、しずかに。

※※※

なんか、とってもあったかい気持ちになりました。
今私が特に「現実」にフォーカスしているのも、ここのサポートがあってこそなのかもしれません。

私のサイさんは「シロサイ」という種類だと感じています。
調べると「シロサイ」は絶滅の危機にあるそうです。

自分の中の地球と繋がること
すごく大事な気がします。

ということで、「スピリット・アニマル・ガイドと繋がろう♪」という企画をやってみようと思います。
ご興味ある方は、明日の投稿で募集しますので、是非ご参加ください☆


by atelierkei-0520 | 2019-10-17 22:33 | ◇日々の気づき

2019秋分の日のぶっちゃけトーク:あなたは自分の「現実」に満足していますか?

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今日は秋分の日
昼と夜が同じ長さになる日です。

「バランス」
昨日、やたらとこのメッセージがやってきました。
秋分の日というのも、「昼」と「夜」がちょうど拮抗している日で、まさに「バランス」を象徴していると感じています。

「バランス」
何のバランスかって言われたら、今の私にとっては「現実」の自分と「高次元」の自分かな。

今日という日のタイミングが、私にとって、また似たような状況の人にとって、本当の意味で前進を始めるスタート地点になるんじゃないかななんて感じています。
「バランス」を取りながら、見る「現実」を変えていくんです。

なんか、スピをやっていて、最近つくづく思うのは、「現実」と「高次元」への意識の向け方のバランスが取れている状態が、人はもっともパワフルだってことです。
今やっている「ホ・オポノポノ」も実はこのバランスを取れるようになるためのスキル・考え方なんだと、しみじみ感じています。
これ↓


「高次元」の自分に意識を向けるのは、自分の大きな目的のようなものを確認するため。
そして「現実」に目を向けるのは、実際に行動することでそれを実現するため。

人が前向きに生きるって言うのは、実はこの二つは両輪ではずせないのです。

でも、スピに目覚めた始めの頃、前半っていってもいいのかな、この時期にはそのことがわかっているようで、わかっていない。
スピリチュアルに目覚めて、いろんなことが感じられるようになったり、わかるようになったり、
高次のすばらしい存在と触れ合うことで「愛」とか「ワンネス」の視点を体験できるようになったりすると、本当にちょ~幸せな気分になって、未来は明るいと思う。
知らないことが知れるようになると、それだけで前進していると思うし、ワクワクして、生活にも張りがでます。

私たちの周りには自分も含めていろんな状態の人がいて、その中で、「幸せだね~」っていっている人をよくよく観察してみると、2パターンあるのがわかります。
一つは、人生でいろんな経験をして「+」も「-」も消化して、そして自分の人生を見たときに「もう幸せしかないな」と悟ってるタイプ。
もう一つは、先に書いたスピ前半の人のタイプで、あえて自分の「-」面を切り離して、「幸せ」を体験しているタイプ。

前者は、現実がちゃんと動いてる。というか動かしてる。「高次」に自分がいながらも「3次元」にも生きる自分がいる。
でも後者は、「高次」に比重が傾いてる。現実は動いてるようで、実はあんまり動いていない。

今改めて思うのは、私自身は88まではこのスピ前半タイプだったなってことです。
でも、これって仕方がないんだよね。だって、前半は「幸せ」って何なのかを知るためにあるから。「-」を持ったまま、高次は体験できないから、あえてそこを切り離して「幸せ」を体験してみた。

そしたら、そこはものすごく暖かくて、優しくて、本当に素敵な世界で、自分も成長した感じがした。そこにずっといたいと思った。
でもね、気がついたんです。
あれ?私の足元って、まだここに着地してないって。
一緒に幸せを感じていると思っていたあの人たちにはあって、私にはないものがあるって。
私には「全てがある」
それは私もあの人たちも変わらない。
でも、現実を生きるって、もう一つ絶対的に必要なことがある。

ここにいる時に持ちがちな勘違いっていうのがあって、
それが「高い波動でいたら、現実はついてくる」って思ってしまうこと。

でも、これって大切なことが抜けている。「行動」がぬけている。
本当は「高い波動でありながら、“行動”すれば、現実はついてくる」

スピ前半の人状態だと、現実の大切さがすぽんと抜けてしまうことがある。
「どうしたら高い波動でいれるのだろう」「幸せな状態でいるためには?」とか、行動よりも意識を優先する。
自分が求めているのは「事象」じゃなくて、「感情の状態」なんだって思うから。

私は88で「スピの活動を続けられないかもしれない」と思った。「ジュエリーの活動を続けられないかもしれない」って思った。
「幸せ」が私の魂の求めることなら、どちらもあきらめてもいいはずなのに、そうはならなかった。
「私は、この活動をしたい!自分の人生をかけて。あと何年できるかわからないけど、それでも私は今世、この現実はこれでやっていきたいんだ!」
そう心が叫びました。それは私の「幸せ」と対をなす「行動」の部分の叫び。

「幸せ」と「行動」はどちらが欠けても「充実」にはならない。
私にとっての今日の日はもう片方の車輪を取り戻すために再スタートを切った日という、「記念日」になると思っています。

もしあなたが、今の現状に満足していないのなら、もしかしたら目を向けるべき部分があるのかもしれない。
今日は秋分の日。
この前後の期間は「昼」のエネルギーと「夜」のエネルギーのバランスが取れる日。
自分の中の「バランス」に目を向けることができれば、きっとそこに強いエネルギーが入ってきます。

本当は今週のメッセージを投稿予定でしたが、なんかこれを書きたい気分になりました。
よい1日でありますように(^^)

by atelierkei-0520 | 2019-09-23 14:33 | ◇日々の気づき

バイバイ♪ シャーマンの記憶

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9月9日は、どうもすごいエネルギーだったように感じています。
8日から急激に体が重くなってきて、突然喉が痛くなってきました。
そして9日に入ると、体の各パーツがばらばらになったような歪みを感じて、本当にしんどかったです。
10日も少し引きずりましたが、今日はいつもどおりに戻っています。

毎度のことですが、流れというのはすでに計画され、私たちは完璧にそれをこなしているようです。
3年前の「9月9日」のことを書いた記事がアクセスが多くなっていて、「何書いてたっけ??」と見直すと、
「あ~~!!これってライオンズゲートから9月9日の辺りに起こったことだったっけ!?忘れてた!」という内容でした。
この時のことはちょ~個人的な話しだし、なんともいえない話なのでここにはまだ書いたことはないんですけど、すごく衝撃的なふしぎ体験をしていました。

で、今またこの時とは違ったふしぎな流れを体験しています。
今年は「ライオンズゲート」でそもそもに立ち返り、その流れで「ホ・オポノポノ」を本気でやるようになり、その中で、自分の中の魂の記憶にこの「ホ・オポノポノ」に通じる何かがあるのだということ、いまさらながらを知りました。

そして、今日、この流れの中で、私が本当に向き合わねばならなかったことに気がつかされ驚いています。
それは、人類の「シャーマニズム」の歴史でした。
人類なんていうと大げさですね、「私」という魂が経たシャーマニズムの記憶というべきかもしれません。

私はもともと、オカルトの類はあまり興味がなかったので、この「シャーマニズム」というカテゴリーはあまり詳しくはありません。
興味がなかったというよりは、完全に「いかがわしいもの」「謎のもの」という認識でした。
科学的ではない未開の地の人たちの信仰。そんな認識でした。

でもスピリチュアルを学んだり、最近のメディアのそれらに対する取り上げ方も変わってきたせいもあって、「シャーマニズム」といえば謎の信仰のイメージだったのが、そこにネイティブアメリカンなどに代表される自然と共に生きる人々の神秘的なイメージが加わり、今は肯定的なイメージに変わっています。
また今のポリネシア辺りなのか、そういう島で暮らす先住民だった過去世もみているので、自分も無関係ではなかったのだと思うのと、その時の記憶が穏やかなものだったので、やはりいいイメージを持っていました。

今の私たちが忘れてしまった、実は超高度なエネルギー的な知恵を持っている人たち。またその人たちの文化。
「シャーマニズム」の定義とはちょっとずれてくるのでしょうが、この辺りを思うとそんな人や文化のイメージのようなものがポワンと浮かぶようになっています。

自分や他の人の魂の記憶の中に、この知恵が封じられる場面を何度か見て、その終わり方に「しかたがなかった」と思いながらも寂しさを感じていました。
先日ジュエリーの仕事でデザインのイメージを探していてたまたま見つけたインカの文明が終わったときの話を知った時も、同じでした。

「なぜ終わったのか」
それは地球上がこの素晴らしい知恵を持った集団が存在できる波動の世界ではなくなったのだということは感じましたが、そこをもっと掘り下げることはしませんでした。
大きな目で見れば、こういった文明を滅ぼす要因になった別の価値観を持つ文明も「必要だった」といえるのだとはわかっても、やり口は気に入らず、なんとなく「滅ぼされるもの=被害者」「滅ぼすもの=加害者」という図式が頭の片隅でいつもくすぶっていました。

でも今日、その滅ぼされる側の「被害者」と思っていた人々の中に「こんなものなくなってしまえ!!」という自分たちの文化に対する怒りがあったということを知りました。
そしてそれは、私の中にもあり、それがスピリチュアルという世界に懐疑的だった自分の土壌になっていたのだと気がつきました。
そしてそれは今でも私の中の「重石」になっている気がしています。

物事は波動が高くなればなるほど「シンプル」になっていきます。
そして低くなればなるほど複雑にややこしくなっていき、決まりや駆け引きが多くなっていきます。

シンプルだった「祈り」が、時間を経て人々の意識が3次元に沈んでいくことにより、それは複雑な「呪術」になっていきました。
すべては、ただ「認められたいがため」「自分だけが認められたいがため」。
そして、それは「まとめる」という表現の「束縛」「支配」でした。

そのために様々なエネルギーを巻き込み、だまし、束縛し、そして自分自身もがんじがらめになっていった、そういった側面がシャーマニズムの歴史にはあったようです。

私たちが、一度はスピリチュアルという世界を自分たちから切り離したのには、今改めて別の視点から見るためだったのかもしれません。
そうやってそこから抜け出すしか方法はなかったのだと思います。


モーナ・シメナオ氏から始まって、ヒューレン博士やKR女子に引き継がれた「ホ・オポノポノ」の本の中には、あまりそれ以前の話がありませんでしたが、それが何故なのかが理解できました。
彼らが紹介してくれる考え方はとてもシンプルです。
この考え方を理解して、今やっと私の中の記憶は本当の意味で修正され、「重石」は解消されて行っている気がしています。
「スピ」に対する抵抗の気持ちは、よく「魔女狩り」の記憶を持つ女性に見られますが、こういった古い「呪術」にまつわる負の記憶も多いのかもしれないな~と思ったのでした。

でも、一つだけいえることは、こういった類の「呪術」はもう使えないってことです。
そもそも、不可能なのです。
だって、もう地球が3次元じゃないから^^
「自分は3次元で生きている」と思い込んでる人同士の間では、可能かもしれないけど、
そうじゃない人たちにとってはもう異次元の話です。

残っているのは、その時の記憶だけ。
「記憶」だと気がつけば、さよならすればいいだけです。

私は今日、さよならしてみました。
そうしたら、外で雨が降り出しました^^
浄化の雨が降ってくれたようです。
とても優しい雨でした^^


by atelierkei-0520 | 2019-09-11 23:19 | ◇日々の気づき

ガイドさんの交代

ガイドさんの交代_f0362457_21083930.jpg
私たちにはたくさんの目に見えない存在が「サポート」としてついてくれている。
その中でも「守護霊」と呼ばれるグループがあって、私はそのグループのトップを「メインガイド」または「ガイド」さんと読んでいる。
サポートチームの代表例として「天使」というグループもあるが、天使が人間の経験がないのに対して、
この人たちは、地球人の場合もあれば、宇宙系の場合もあったりいろいろなんだけど、共通するのは「3次元の経験がある」って点だ。

だから、3次元の私たちに与えるガイドさんの影響力はかなり大きい。
この「メインガイド」というエネルギー体が交代する時は、自分の中の一部のプログラムが書き換わると言ってもいいと思っている。

ここ数年、人によって時期に差はあるものの、多くの人の中でこの「メインガイドの交代」が起きているのだけれど、今の時期、特に「ライトワーカー」と呼ばれる人の中でガイドさんの交代が起こっているのではと思っている。

交代の目的はアセンションのこの時期での「静」から「動」への移行じゃないかと思う。
「静」とは「忍耐」とか「学び」といってもいいかも。
「動」は「解放」「行動」かな。

先日、「エンジェルサポートレッスン」の生徒さんに他人のガイドさんに会うという練習で、私のガイド(メインガイド守護霊)さんに会ってきてもらった。
登場したのは、女性でオランダとかその辺の貴族っぽい人だったということだった。

私のメインガイドは「マーシャルおじさん」という過去世で縁があった男性なのだが、少し前、来月の中ごろにガイドが交代すると聞いていた。
そして今日、この女性の方が私の新しいメインガイドになるということが分かった。

ガイドの交代も、「移行期」のようなものがあるようで、どうも少し前からこのガイドさんはもう私のもとにいたようだ。どうりでマーシャルおじさんが静かだったわけだ。
今日は自分でガイドさんに会いに行ったのだが、笑顔で上の女性が出てきて、その後ろにマーシャルおじさんがはにかんで笑ってた。

「マーシャルおじさん」は、生まれた時から私を見守っていてくれた人で、スピに目覚める前から節目節目で夢に登場してくれていた。
決まって、ものすごく暖かいエネルギーで私を包んでくれて、そのメッセージはいつも軽やかだった。
「マーシャルおじさん」は人間だった時は労働者下級の人だった。
にもかかわらず、幼い前世の私を拾ってある時期まで一緒にいてくれた人だ。
厳しい環境にも心は蝕まれることなく、「愛」にあふれた人だった。人間としての地位は低かったが波動の高い人で、「おじいさん」になる前にこの世を去った。

かつての私を助けてくれたように、私の「静」の時間を見守っていてくれたマーシャルおじさん。
そしてこれからの私の「動」の時代を支えてくれるのは、なんとまあ、対照的な上の写真のバラのような女性でした。
不思議なんだけど、ここ数日いろいろとやっていて、それが全部「男性性」のものだったせいか、なんかちょっと脳からアドレナリンがでまくっていたんだけど、ふと「あ、あの生徒さんがあってくれた女性にあってみたい」と会いに行くと、帰ってきたら、なんか心が「ふわん」と優しくなっていた。「しゅわわ~」と脳の興奮が収まった。


あ~、ガイドさん、代わるんだね。。
ずっと受け入れられなかったのが、今日始めて、「すっ」と受け入れることができました。

ガイドさんとの関係が暴露されていく過程が「マーシャルおじさん」の場合すごく面白くて、そんなサプライズで私を喜ばすところもマーシャルおじさんは、おじさんっぽくて、私はこの人が大好きでした。
「自分の話シリーズ」でおじさんとのことを詳しく書いてみたいとも思っています。

マーシャルおじさん、お疲れ様でした!

って、まだあと交代まで2週間くらいはあるか!
わはは^^♪





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by atelierkei-0520 | 2019-08-29 22:38 | ◇日々の気づき

モノたちの声

モノたちの声_f0362457_23134712.jpg


「記憶」と向き合っていると、本当に不思議だ。
今「作業台の掃除」をしている。
ずっと「やらなきゃ〜」と思っていて、先延ばしにしていたのだけど、先日「ホ・オポノポノ」をやっていたら、これがキーワードできたので、やっと重い腰をあげた。
オーダー待っていてくださっている方には申し訳ないのだけど、「クリーンなエネルギーで取り組んだ方がいいよね」ってことで、お掃除を優先した形だ。

はっきり言って、私は整理整頓があんまり得意じゃない。
一瞬はきれいになるけど、いつもすぐ散らかってしまう。
少し前に「ガラクタ捨てなきゃ!」ってかなりがんばってモノを減らしたけど、やっぱり見た目はそんなに変わらないし。

昨今の片付けブームの中で、私も知恵だけはちょっとだけついた。
だから自分のこの散らかりの原因は、モノに正しい住所をあてがうことができていない、ということだろうと思っている。
彫金の作業台はとにかく散らかる。
ありとあらゆる工具は散乱するし、削りカスや研磨粉が散らばるし、果ては、菜種油とヤニと松灰でできた「ヤニ台」という固定道具を火であぶったりするので、いつの間にか周りのあまり使わない小物たちにうっすらと油とヤニの膜が貼ったりする。

いつも片付けの前に私が陥る状態が、「途方にくれる」という状態だ。
「いったい、どうやって、この小物たちを“正しく”こんどこそ散らからないように、且つヤニでべたべたにならないように、収納していけばいいのだろう………」と。

今までの私の知識では、とにかくモノを減らすことが重要だということで、どうやって処分するものを選ぼうかと思案するのに時間がかかっていた。
ところが、今回はちょっとだけ感覚が違った。たぶん「ホ・オポノポノ」の影響かなと思う。
「とりあえず、一つ一つのものの埃とヤニを拭いて、処分するとか片付けるとかは、その後に考えよう…」と動き始めたのだ。
小さなケースや瓶に向き合いながら、石鹸をつけたぼろ布で汚れをふき取り磨くと、その下にはきれいな本来の姿が現れ始め、私の中から自然に「ごめんね・ゆるしてね」が出てくる。こんなになるまでほっててごめんって気持ちだ。
「あ、これってまさに“クリーニング”じゃん♪」と楽しくなってきて、ふと思いついた。
「あ、そうだ、“片づけができない”っていうのも徹底クリーニングしてみよう」と、手を一旦止めて、片付けにまつわるいろんな思いをクリーニングしていった。

そうしたら、ある瞬間にちょっとびっくりなイメージがひらめいた。
それは、「ものの配置」のイメージだった。
「えええ〜!?そんな置き方、考えても見なかった!!」というもので、はっきり言って「目からうろこ」、まさにインスピレーション。
あまりにも考えたことのなかった置き方だったので、ちょっと躊躇もした。
「でも、やってみないとわからんもんな…。。」ということで、さっそくやってみた。
始めはちょっと違和感。「う〜ん、どうなんやろ」とも思ったけど、とりあえず一日置いて、他のところを片付けていたら、
なんと、だんだんとその配置がなじんできて、すごくすごくいい感じになってきたのだ。
すごく集中できそうというか、モノたちが、みんなが、一つの目的に向かっていける感じというか。。

このインスピレーション、どこから来たのかといえば、
なんか、「モノたち」からのような気がする。
私が、モノたちに心を開いた形になったからなのか、モノたちが答えてくれた。
そんな気がしたのです。

「処分する」っていうのも大切なことなのかもしれないけど、そういうことにしか意識が向かなかった時には、経験できなかったことだなと思ってとても不思議だ。

昨日は寝る前に「寝てる間もガンガンクリーニングします!ウニヒピリ、創造主、よろしく♪」といって寝ました。
そうしたら、かなりディープな記憶が夢という形で浄化されていった。
細胞の記憶、「肉」の記憶。絶対正気の時には見れない記憶。
漫画チックだったからかろうじて見れたけど、起きてげんなり^^;
でも、溜め込んでいてはどうしようもないものだったのだろう。

来月は私のメインガイドが交代する。
その前の調整なんだろうなと思っているので、とにかくクリーニングするのみだなと思っています。
今、多くの人が「ガイドの交代」を迎えていると感じています。
「手放し」に取り組んでいる人も多いとか。
そんな話も、また次回^^



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by atelierkei-0520 | 2019-08-27 23:19 | ◇日々の気づき

体へのアプローチが知りたいという一件②

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前回の続き
前回の投稿↓
「体へのアプローチが知りたいという一件①」


「体は“治す”のではない。“元に戻す”のだ。」

これは、かなり前に創造主にどうすれば体を治すことができるのか?と聞いたときに返ってきた返事だった。
私は、この言葉を聞いて、体を改善させるためには「治す」という概念ではそれは行われないのだということを初めて知った。

「発想を変えなければいけないのか…」
アドバイスはとても新鮮だったけど、でもその「元に戻す」という意味がどうやっても掴めなかった。
問題が起こる前の段階に戻すことなのか?
ということは時間を戻すということ?そんなこと可能なの?
毎日、確実に時間は過ぎていって、自分も確かに年をとっている感覚がある。
そんな中で「時間を戻す」???

この時私はこのヒントの探求に夢中になるも、これ以上のことは全くわからなかった。
私の波動状態では到底これ以上は進めないのだと悟り、ここから離れることになるのだが、昨年の強化月間の時に、体へのアプローチが少し前進することになった。

その時のことはこちらにも書いた↓



意識を集中させることによって面白いように腱鞘炎が改善した時、「腱鞘炎はなんとかできる」なんて思った私はまた無理をし腕を再びおかしくしてしまったのだけど、「大丈夫、治せるもん♪」と余裕をかましてやってみるも、なんとその時は同じようにやってみてもうまくいかなかった。
焦った私は、本当に自分の浅はかさを後悔し、改めて体について考えを改めた。
「体はモノじゃない」
その時、無理をさせたことを心から体に詫びて、そしてもう一度静かに体に耳を傾けた。すると今度は体は反応し、それによって再び改善してしまった。
この時、初めて体に対して敬意を表する気持ちが私の中で出来上がった。
「心から接すれば、体は聞いてくれるのかもしれない」
その時思い知ったのは、「治してやる」「やってやる」「できる」そういう3次元的な発想では、この変化は起こらないってことだった。
どれだけ真摯に体と向き合うか。本当に体と向き合う心がそこにあるのか。
そんなものが体に変化を起こすためには絶対的に必要なのではと感じた。

この時に掴んだもう一つの感覚は「体は自分で自分を治す」ってことだった。
だから体のヒーリングで必要なことは、その体の動きを促すこと、そしてもう一つは邪魔しないこと、これがもっとも大切なのではと思ったのだ。
これだけわかれば、もう何でも体に関しては「わかった!」となるかと思ったりしたのだけど、実際はそうはいかなかった。
何かが、なんというかモヤモヤしているというか、言語化できないというか、理屈がわからないというか、これ!というものが足りないというか。。
で、やっぱり、この後も手ごたえがあったり、なかったり。

「向き合う心」
これもなかなか難しい。
だって、「治ってほしい」という思いが、どこから来るのかってところによっても、この心のエネルギーも変わってくるし。

ということで、ここでもまた自分の限界を感じ、あきらめるわけではないのだけど、「体」へのアプローチをこれ以上追及することは一旦棚上げにした。
なぜなら、今の自分の波動では「ここまでだ」ということがわかったので。

物事の探求というものは、それを知りたいという揺るがない「意志」も必要だけど、こだわりすぎるといつの間にか「執着」という重い波動を持つようになる。
このブログでも何度か書いているけど、全てのものは波動という周波数によって分けられた細かい「次元のレイヤー」の上にある。
知識もテクニックも全て。
だから何かを知りたいと思っても、その情報が今の自分より上のレイヤーにある場合は、「今」の自分では絶対にそれを手に入れることはできないのだ。
だから私は最近はこういう状態になったら結構ささっと切り替えができるようになった。
でも追求を全くやめたわけでもなく、ルナの事件や自分のことや家族のことなどで考えるきっかけがあればいつもやっぱり考える。

こうしていつも何処かしらで「体」に思いを馳せる私だったが、この間は初めに書いた創造主の「体は治すのではない。元に戻すのだ」という言葉をすっかり忘れていて、何故かこの言葉を思い出すことはなかった。

ところが、そうこうして今年、あれ??と思う瞬間があった。
その時に思い出したのです。この創造主の言葉を。
そういえば、そんなこと言われてたっけ?って。
あれは、もしかしてこのこと??って。


「体は“治す”のではない。“元に戻す”のだ。」

“元に戻す”とは「時間」ではない。

“元に戻す”とは「感覚」なのだ。

細胞がもつ「感覚」
これを“そもそもに戻す”

それが「体が改善する」ことになる。。のでは???

つづく



by atelierkei-0520 | 2019-07-19 22:51 | ◇日々の気づき