アトリエkeiのスピリチュアルなシェアノート

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カテゴリ:◇日々の気づき( 101 )

自分の脳の依存に気づいた日

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2月に入って1日2日と立て続けにある夢を見ました。
一つは小さな小猿とゴールデンレトリーバーが夢の中で私が住んでいる部屋のソファーで本当に幸せそうに寝ている姿を見て、心がぽかぽかになる夢でした。
そして、もう一つは黒いラブラドールと旅をする夢で、旅のために初めて会ったそのワンちゃんと少しづつ交流し始めるという夢でした。

どちらも目が覚めると、とっても幸せな気分で、「あ~、自分の幸せって案外単純だったんだな」と改めて感じたのでした。
今週のメッセージでガブリエルさまが言っているように新しい時代に入っていく中で、改めて本当に望む幸せの感覚を掴むために見たのかなとも思いますが、なんとなくここから自分の中で面白い展開になっていきました。

人は自分の人生に不満を持っている場合は、「お金」か「愛」に解決策が隠されていると思いがちに感じています。

以前の私はどちらかと言うと自分の人生に対する不満の解決策を「お金」によって解決されると勘違いしていたタイプだったように思います。

私の中の価値観として全ての機軸は結局「お金」でした。
「ちゃんとした社会人になる=お金を稼げる」とか「家族を幸せにする(家族の問題を解決する)=お金があれば最低限は大丈夫」とか。
お金が稼げる人間が一人前であり、発言権があり、そうでなければ、何かを望むことさえもできないと思っていた節があります。
お金≒幸せ
お金というものは、それ自体は様々なことをスムーズに進めてくれる大変便利なツールではありますが、人の問題の根幹はそもそもお金ではないので、問題の根幹を摩り替えて「お金に解決策を求める」人には結局はお金は巡ってきません。
なぜなら、その人の高い意識が「お金を持つ」ことによって、本人が問題に取り組むということに目を向けなくなってしまうことを望まないからです。だから、自分で「自分の下にお金が入ってくるように」とは許可しないのです。


私も困ることはなかったものの、家族の問題を胸を張って「私に任せろ!」といえるほど、お金が入ってくるということにはならないまま、スピリチュアルに目覚めたわけですが、自分の中の内観を通していく中で、本当の意味での自分自身の「幸せ」というものがわかってきました。
すると、今まで「お金が自由になれば」と思って求めていたものは「幸せ」というものではなく、どちらかというと「自尊心」を満足させた時に起こる「ハイテンション」であったということがはっきりしてきました。

ん???「ハイテンション」???
私が求めてたのは、「ハイになる」こと???!!!

気がついたのです。。。

上の理論は、スピリチュアルの王道の理論でもあるわけですが、もう一つ無視できないことがあるようだと。。。
それは、私たちの脳が意識を正しく認識していない場合がある、ということです。
そしてその代表が「ハイテンション」を自分が求めているものと勘違いしてしまうことだということです。

私が追い求めていたのは「自尊心」を満足させた時に起こる「ハイ状態」。。
そう思ってよく考えてみると、私が「ハイ」を感じられる瞬間というのは、今までは「お金が自由にならない」という中でも、なんらかの成果を出した時でした。
つまり、「お金が自由にならない」という現実は、私の自尊心を満足させ、脳を「ハイ状態」にするために、最も適した現実だったのです。。。

………なんてこと!!

「幸せ」って感覚よりも波動的に低いのが「ハイテンション」です。だから肉体の脳は「ハイテンション」をより欲しがります。
つまり、今までの私の脳は幸せよりも何よりも「ハイ」を求めていたのです。。。

「ハイテンション」は脳が「幸せ」というものの代用品として求めるものに感じています。
でもその心理には「たりない」「もっともっと必要」という枯渇した感覚があるようにも感じます。
有限の世界の「脳」には「無限のエネルギー」は認識できないのでしょう。
だから一度「ハイテンション」を体験すると、脳はそのハイテンションに依存しだし、ある種の「中毒」のような状態になります。
そうして、飽きることなく自分が「ハイ」になれる状況を引き寄せるのです。

………脳はこうやって現実を作っていくんだと実感してしまいました…。。

3次元の現実は「脳」が作り出します。でも、無限を理解できない脳は意識上の自分の希望を歪めてしまうことがあります。

でも「脳」を包括する「意識」は「無限」を理解できます。
だから、本当の意味で自分自身の心と現実をあわせていくためには、意識と脳の同期が何より大切なのではないかと感じました。

本当の意味でガブリエルさまの言う新しい世界を構築していくためには、まずは自分の脳が持っている依存性に気がつくと速いかもしれません。

脳からその依存体質を抜くためには、まずは自分自身の「幸せ」という感覚に気づき、何度も落とし込んでいくことと、何度も起こる「依存」状況に気がついて、冷静に手放すことが必要なんだと思います。
自分の脳の中に、歪んだ形ではない本当の「幸せ」の形ができて、そして脳がその「幸せ」をストレートなルートで手に入れることを望んだ時、私たちはかつてイメージした引き寄せというものが「できている」と感じるのかもしれません。

「幸せ」の感覚を知ることと、
自分の思い癖のメカニズムに気がつくと、ちょっとだけ前進する感じがしています。




by atelierkei-0520 | 2019-02-06 17:45 | ◇日々の気づき

時間の感覚の変化

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ここ最近の時間の感覚に、少し不思議な思いをすることがある。

全体的には時間は物凄く速く過ぎていく感覚は相変わらずで、1週間や1ヶ月はあっという間に感じる。
でも、ふとした瞬間に、「あれ??まだ、これだけしか時間がたってない!?なんで??」とビックリすることが時々ある。

それは例えば30分くらいたったかなーと思って時計を見るとたった5分くらいだったとか、普段は45分くらいかかることが20分くらいだったとか、細切れの時間の話なんだけど、なんとも不思議な感覚だ。
こういう時の特徴は、その5分なり、20分なりの時間の間は、全く時間というものの概念や感覚が自分から抜け落ちている時に起こるように思う。
つまり、いろいろ忙しいということで、「今何時だ?」「今何時だ??」とチラチラ時計を見ている時は、時間は相変わらず瞬く間に過ぎていくのに、同じ忙しい一日でも、時計を見るのを忘れるくらい何かに没頭していたり、またはその時間を満喫していたりする時にこれが起こるのだ。

数日前に、大天使ラファエルさまに創造主のエリアまで意識をあげていくお手伝いをしてもらったことがある。
大天使ラファエルさまから「集中して」と言われたとき、私はどこに集中していいのかよく分からなくなり、「どこに?」と聞いた。
すると大天使ラファエルさまは「あなたの頭の中」といわれ、その瞬間に、いろんなことが「ドカン」と私の中で繋がった。
「そうか!!そうだったのか!そういうことか!!」

全てを作り出す「創造主」
脳をシータ派にするヒーリングでは、このエリアに意識を上げて、そこで創造主に対して「コマンド」する。
「なぜ“コマンド”なんだろうか。なぜ、お願いするのではなく、コマンドなんだろうか。」
私のぼんやりとした疑問が、なんとなくわかった気がした。
創造主は私たちの「脳」なのかもしれない。それは3次元の脳と言うよりはもっとエネルギー的なものに間違いはないのだけれど、でも、創造主は私たちの「思考」なのかもしれない。
だから、私たちは「コマンド」するのだ。そこで自分自身に指示を出すのだ。そうやって人は現実を、全てを創造するかも。

「時間」というのも、人の思考が作り出している感覚的なものだとしたら、その概念がなくなっている間は、時間はなくなっているのかもしれない。高次元の存在たちは「私たちには時間というものはない」といっているけど、それはそういうことなのかもしれない。
3次元的な人間である以上、また高次元に移行する途中の私たちには時間の概念は必要だから、全くなくなることはないとは思うけど、ものすごく速い時間の流れの中に「ゆっくりな時間」を創造することは、もしかしたら可能なのかもしれないと思ったのでした。

全ては人間の思考が作り出す。
この3次元で思考を持つことが出来るのは「体」だ。
細胞の奥をのぞけば、そこに宇宙が広がっている気がしてなりません。
探すのは「外」ではなく、「内」。
答えは常に内側にあるのは普遍だと感じています。

今日から2月ですね!
皆さま、今週もお疲れ様でした^^

by atelierkei-0520 | 2019-02-02 22:19 | ◇日々の気づき

宇宙の流れに乗るってことについて①最近の気づき

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最近、少しづつ掴んできている感覚がある。
それは物事がびゅん!と現実になる時の感覚だ。

ブログを始めた頃は、やっぱり「引き寄せの法則」というものを出来るようになりたかったし、どうやったら自分が希望する現実をこの3次元で再現できるかということを解明しようと夢中だった。

当時は宇宙の仕組み、「波動の法則」とか「量子力学」とか「クウォンタム」とか「エネルギー」のこととか、いろんなことを自分自身で実験したり、考えてみたりしてた。
理屈好きの私は、どんどん理屈がわかるようになってきて、楽しかったけど、まちがいない!というような実感のようなものがどうしても掴めなかった。たぶん、このときの私は「できるか」「できないか」という視点でしかこれらのことを見ていなかったから、結局は100%ではないってことが不満だったのだと思う。
今思うと、「できるか」「できないか」にこだわっている時点で、波動的に「物事がびゅん!」と現実になる状態ではなかったのだと思う。

でも、最近ちょっとだけ、なんか、わかってきたような気がしてきているんです。

例えば、少し前私はある有名店Aの「モンブラン」がどうしても食べたくなって、「よし!近々いいタイミングがあれば、モンブランを買って帰ろう!」と思った。
すると昨日出かけてた母が、「デパートの特設コーナーでSのモンブランが売ってたのよ。食べたことないから買ってみた。でもね、なんかびっくりするほど高かったのよ。。」といってモンブランを買って帰ってきた。

私は「Sか~。。あんまり期待できないけど、でもおやつがあるって嬉しいからいいか」なんて思いながらパッケージを受け取って箱をみてびっくり。
「ちょっと、お母さん、、これSのモンブランじゃなくて、Aのモンブランじゃん。。。そりゃ高いはずやわ…(絶句)」
母は、「え!??うそ??だってSの名前しかなかったよ!そのショーケースに入ってたのよ。。どういうこと??」と狐につままれたような表情になっていた。
で、昨日は、念願かなって、Aのモンブランをほうばることになってしまった。

同じく昨日のことだけど、昨日は昼間ジュエリーの店から電話が入り、売れ筋の作品で今在庫切れの作品をいくつかまた納品してくれないかという依頼があった。その作品はちょっとややこしい工程を経る作品なので、私も「よいしょ!」と腰を上げなければ、なかなか作らない。私はいくら売れるとわかっていても、やっぱりいつも新しいことをしたかったりするので、在庫切れはいつものことなんだけど(ビジネスは向かないなと思う所以はこういうところにもある)。
でもこの貴重な稼ぎ頭でもあるその作品を、わざわざほしいとリクエストしてもらえるのなら、ここはまた頑張るか!と思い、作業を開始した。
作業を始めながら、「よし、やるならこれで○○円稼ごう。うん、全部売れたらそれくらいになるくらい作ろう。売れるかはしらんけど、あはは、でもたぶんいける」と思いながら、黙々と作業した。
そうしたらね、夜お店からの電話で、昼間私がイメージした「○○」円っていうそのまんまの金額の別作品が売れたという連絡が入った。

※※※

最近感じていることは、何かイメージしてそれが形になる時は、「~したい」って形ではないってことだ。
そうではなく、それをイメージした時には自分の中でもう出来ることになってしまっている。
つまり「~したい」ではなく、「~する」という形なのだ。

つまりね、自分は出来ると思っていることが現実になるっていう至極単純なことなんだけど、これがね、意外とかつての自分にはなかったんだよね。


現実になる流れを遮断するのは「条件」のような気がしている。
例えば、「~したい」と思ったあとの「でも」「だって」も代表的な「条件」だけど、「頑張れば」とか「今はダメでも」とか、こういったものもそれと同じくらい邪魔な「条件」になる。
宇宙は高い波動になればなるほど「シンプル」だ。
「~したい」より「~する」の方がよりシンプルだからきっと現実になりやすいのだ。

ただね、一つだけいえることは、「~したい」と思っても何かしらの条件をつけてしまう自分を「なかったこと」にすることは絶対に無理なのだ。「無理だ」と思っている自分を「無理じゃない!」と押し殺すことはできないのだ。

現実になる時は、
なぜか「できる」と思う。「そうする」と思う。
そう、根拠なく。シンプルに。
そこにもやもやした自分はいないんだよね。

そういう状態に自分がなるために出来ることは、とっても簡単。
小さな成功体験を積んでいくことと、「条件」をつける自分と向き合うこと。
「叶った前提で願いを過去形で書く」とかではないみたい(笑)

この二つをやっていくことが、そのまま自分の波動を整えて行き、結果「引き寄せ」なんかでいわれている宇宙の流れに自分が合っていくような気がしています。


by atelierkei-0520 | 2019-01-31 21:31 | ◇日々の気づき

アカシックで未来を見ることについてお風呂でメタトロン様に聞いてみた話

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最近、年度の変わり目ということで「2019年」という年がどういう年になるのかって話が多く出てきている。
個人的にも先日ジュエリーの今年の個展の時期をどうしようかと悩んで、オラクルカードを引いてみたりして、ここは興味のあるところだ。

宇宙にはアカシックレコードというエリアがあるという話は有名で、そこにアクセスするやり方もいろいろとある。
このブログで時々募集している「エンジェルサポートレッスン」でも「アカシックレコードにいく」という回もあり、私も自分の過去世なんかをここから引き出して見たりしている。
でも、このやり方は、実は私の意識自体はアカシックレコードのエリアには入らない。あくまでも「引き出して見る」というやり方だ。
詳しくは分からないけど、未来を見ている人の中には、アカシックレコードのエリアに直接入ってみている人もいるのかなと感じ、その感じに興味を持った。
人のいう「アカシックレコードで見た2019年の様子」ではなく、自分自身でそこを感じたくなったのだ。

ただ、「未来をみる」ってこと自体には、少し抵抗感があるというか、うーん、必要あるのかな?って感じがしなくもない。3次元のエゴの塊の自分自身は興味津々なんだけど、分かってる自分の意識の方が「え、それって必要?」といってくるのだ。
だってね~、未来って無数ににある霧のようなものだから。

ということで、昨日はお風呂に入っている時に大天使さまの誰かに聞いてみようってことになって、湯船につかりながら聞いてみることにした。
このときはアカシックレコードを管理しているといわれている大天使メタトロンさまにアクセスすることにした。
大天使メタトロンさまとのやり取りはそんなに多くないのだけれど、ヒーリングなんかで時々登場することがあり、その時の感触でこの人は本当にアカシックレコードを管理しているんだろうなと感じることが何度かあった。

私が「アカシックレコードに未来を見に行ってもいいですか?」と聞くと、メタトロンさまからはこう返ってきた。

メタトロン:「あなたが、<最高・最善の未来を見る>と意図できないのであれば、やめておいた方がいいでしょう」

私:∑(゚Д゚) あわわ!!なるほど!!そういうことですね!!

メタトロン:「見に行きますか?」

私:(^◇^;)いいえ、今はお風呂に入っているし、、やっぱ、やめときます。。

すごい、さすが大天使メタトロン。。こんな短い一言で私をズドン!と納得させるなんて。。
そうか、だから私が習ったアカシックレコードの行き方では「アカシックの中には入らない」のか。。
だから、そこにあるはずの情報を、アカシックに行くのではなく、大天使さまや創造主が見せてくれる場合があるのか。。

この意味を説明しようとすると長くなる。
でも簡単にいうと、今の自分というものはメタトロンさまの言う「最高・最善」は決められないのだ。
なぜなら、何が最高・最善かは、今の自分にはわからないのだ。
今の自分が思う最高・最善はあくまでも現時点での「最高・最善」であり、それさえも意識というエゴが作り出しているものなのだ。
エゴがアカシックレコードに入り込むと、 自分自身が混乱する、そういう感覚を持った。

そんなことを理解した私に、メタトロンさまはこうも伝えてきた。

「あなたが無意識に行動することを信じなさい。無意識である時が、もっとも最高・最善の意図と近くなります。自分の無意識の力を信じなさい」

またも、ドカーーン!!
そうだよね、最近、「なんとなく」って言うのに対して、私は確固とした、でもまったく根拠のない自信を持っている。
とにかく、「なんとなく」ほど間違いないことはないのだ。
メタトロンさんのいう「無意識」というのとこの「なんとなく」の感覚はとても近いと感じている。
最近の「なんとなく」というのは、かつての私にとっての「無意識」だったように思う。
自分との対話、毒だし、内観、そしてその先の浄化を経て、私はこの「無意識」というものを「なんとなく」とキャッチできるようになってきたと思うのだ。

自分自身と対話を続けていくと、「最高・最善」の未来と繋がれるようになるんだね。
また大天使さまに教えてもらったのでした。

おもしろかったので、ここでシェアします^^




by atelierkei-0520 | 2019-01-18 22:36 | ◇日々の気づき

「ガブリエル」コール・学びが始まる時

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「大天使ガブリエル」
この天使と始めてあった時の衝撃はわすれられない。
この話をいつか書こうと思いながらも、なぜか書くタイミングがなんとなくいつも「今じゃない」感じがして、ずっと置いておいた。
ところが、ここ最近「大天使ガブリエル」を振り返るタイミングが続き、昨日の出来事で「今かもしれない」と感じることがあった。

それは私がこんなブログを書いているなんてことを全く知らない知人が何気ない自分の昔話をしている時に、大天使ガブリエルの名前を口にした時だった。スピリチュアルとは全く関係のない話をしている時にその人の口から大きな声ではっきりと「大天使ガブリエル」という音が出てきた時、私の頭の中で何か鐘のようなものが鳴り響くようなそんな感じがあって、ちょっと呆然とした。
そして、こう思った。
「あ~、この人は言っちゃったよ、ガブリエルって言っちゃった、しかも私(天使を知っている)=証人の前で言っちゃった…」と。
その後、ドカーンとこういう考えが降りてきた。
「あ~、そういうことか…そうだったのか。。大天使ガブリエル。だからあの時から私の学びが始まったんだ…」と。

大天使の名前にはその響き自体に何かを起動させる「コード」の役割があるように思う。
「ガブリエル」の場合は見えない世界への学びが始まる合図。

私がこの合図を受け取ったのは自身のハイヤーセルフと「なんちゃって瞑想」の時に初めて会った直後だった。
自己流瞑想の中で奇しくも自分の「ハイヤーセルフ」と交流してしまった私はその後調子に乗って何度も「なんちゃって瞑想」を繰り返していた。そんなある日、天使なんてまったく信じていない私の「なんちゃって瞑想」の中に「ガブリエル」はやってきた。

ものすごくしっかりとした音ではない何かで頭の頂点から背骨にずどーーーんと伝わるあの
「ガブリエル」
という感覚。

天使というものが本当にいるのだと知ったあの日から、私のスピリチュアルの学びは始まった気がしています。

今この「ガブリエル」をここに書くのは、何だかそういう時期が来ている気がするから。
なんだか沢山の人が、これからこの「ガブリエル」という天使と関わっていく気がするから。

もしスピリチュアルな学びを始めたいと思うのなら、声をだしてこの天使の名前を呼んでみるといいかもしれない。
「大天使ガブリエル」
この響きは、きっと何かを起動させると感じています。



by atelierkei-0520 | 2019-01-10 21:17 | ◇日々の気づき

「中道」を鍛えられる私…

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最近ハイヤーセルフに「バランス」をとにかく求められているような気がしてならない。
例えるなら両端に「ローテンション」と「ハイテンション」というおもりがついた棒の中心を持ちながら、細いロープを渡らせられている気分。。

自分の中が「ない」から「ある」に変わったおかげか案外「ロー」の方に偏ることは少なくなってはいるのだが、案外と盲点なのが「ハイ」の方。「一生懸命」とか「絶対」とか「もっと」とか不屈の精神で上を目指す一見ポジティブな姿勢には実は「偏り」が起こるってことが分かってきた。例えばヒーリングなんかをもっと極めたいとか仕組みをもっと知りたいとか、ブログをもっと分かりやすく書くにはどうしたらいいかとか、そういった前向きなことであっても、「もっともっと」となるとなんが「どわ~~~」っとエネルギーが下がる。
で、苦しくなって、そこからは何も生まれないことに気がつかされて、「お、いかんいかん」と体制を立て直す。

次元上昇の流れに乗る場合、流れに乗れる「ポイント」というものがあって、感覚的にそのポイントに自分自身を置いたとき「しゅわ」っと上がる感じがしている。
それは渦を巻く上昇気流のようなもの。でも渦を巻いているので上がったと思っても上でバランスを崩すとすぐその気流からは外れてしまう。
ここで重要なのが「いかにバランスをとるか」。
3次元の世界で先に進もうとする場合、一生懸命やることが大切なことだったりする。
でもここに「次元上昇」という縦に上がる動きが加わると、一生懸命だけではバランスを崩し前には進めなくなる。
「ローテンション」でも「ハイテンション」でもない、「あきらめる・くさる」でも「絶対がんばる!!」とかでもない、ちょうど真ん中でその両方を俯瞰する視点。その両方の点を結んだ線上の中心ではなく、そこからは少し離れていてでもしっかりとその両方をもっている調度綱渡りのバランスのような感じ。
今その場所の感覚をしっかりと掴むように促されている感じなのだ。
全ては、エネルギーなんだ。
起こっていることは自分の人生としてはすごくすごく大切なこと。
だから起こっていることに意識を向けて「なぜ」「どうすれば」って考えるけど、エネルギーを見ればいろんなことに気づく。

昨日は大きく揺さぶられて、今日は見事に体に症状が出て久々に強烈にお腹を壊した^^;
こういうときは深呼吸して、自分の中から出る波動を静かにする。
そうするとね、不思議なんだけど、「ローテンション」と「ハイテンション」では感じられない小さな小さな幸せに心が「ぽ」っと暖かくなるんだよね。
で、そのなんともいえない暖かさ、穏やかさは、創造主と繋がったときの感覚と同じなんだ。
「これだよねえ」と思う。
この感覚を今自分のものにしようとしているんだろうな。

これを言葉にどうやって直そうかって考えてたら「中道」って言葉が浮かびました。
自分の中にこの感覚ができてきたのかもしれません。
まだ定着はしてないみたいですが^^
自分観察が面白い今日この頃です。

by atelierkei-0520 | 2018-11-15 22:25 | ◇日々の気づき

初めて会う守護霊さん

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このブログで時々登場する、私のメインガイドの守護霊さん「マーシャルおじさん」
いつも自分でガイドさんに会いに行くとこのマーシャルおじさんが出てきてくれるのだが、今日また新たなガイドさんを知ることが出来た。
人についてるガイド(守護霊)さんはかなり沢山いるので、どの方が出てくるかは毎回違っていてもおかしくないのだが、自分で会いに行くときは方向性が決まっているのか、たいてい同じ人が現れることが多い。
でも今日は「エンジェルサポートレッスン」の「他人のガイドに会う」という練習のため、生徒さんに私のガイドさんに会ってきてもらう、というのをやると、生徒さんの新しい感覚でこれまで対面することのなかった女性のガイドさんが登場した。

生徒さんが受け取ったメッセージは「教えることの難しさ」という言葉だった。レッスンでは時間の関係で私が時間制限を設けるときもあって、このときはこの生徒さんはこの言葉だけで終わってしまった。
ということで、レッスンが終わった後、この女性のガイドさんに自分で会いに行ってみることにした。

いつもの場所に行くと、やっぱりマーシャルおじさんが待っていてくれたので、「生徒さんが会った女性の方と会ってお話がしたい」というと、「もちろん^^もう待ってるよ」とのこと。
待っていてくれたのは、白い服を着た初老の白髪の女性で歳はとっていたけどすごくきれいな人だった。
ガイドさんのこの姿は過去世の私に馴染み深い姿のようで、その時彼女は「エリザベス」と言ったそうだ。
過去世の私が子供のころ近所にいたおばあさんで、血のつながりはなかったものの、とてもかわいがってくれたそうだ。短い間だったけど幸せな記憶だったようだ。
「教えることの難しさ」について聞いてみると、こう返ってきた。
「人を教えるとか導くとか、そういう風になると難しくなる。自分の体験を伝えるだけでいい。ブログもそれでいい。人(生徒さん)と楽しい時間を過ごして欲しい。お互いにかけがいのない時間なのだから。」
とのことだった。

なんか、じーーーんとしてしまった。
ここ最近「うまく書こう、うまく伝えよう」としすぎていたかもしれないなと思った。
そうこうしているうちに、2年間愛用していたタブレットは完全におじゃんになってしまい、キーボードがない状態での「書く」がかなりしんどくなっていた。でもキーボードがなくて「書く」がしんどかったんじゃなくて、「書くがしんどい」からキーボードがなくなってしまったというほうがほんとのとこかも。
今、この投稿はすらすらと書けている。
使っているのは、めっちゃ古いPC^^
すごい快適。問題ない。
今、自分の周りがどんどん刷新されていて、いろいろ物入りで、「タブレットもか!」と思ったけど、とりあえずはタブレットは保留にしようと思ったのでした。

エリザベスさんに会えてよかった。
つないでくれた生徒さんにも感謝です^^

by atelierkei-0520 | 2018-10-26 21:58 | ◇日々の気づき

「願望実現」のほんとのとこ④「ない」から「ある」に変わるとき。

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「願望実現」のほんとのとこについて書いている。
今までの投稿↓
・「願望実現」のほんとのとこ①
・「願望実現」のほんとのとこ②
・「願望実現」のほんとのとこ③

いろいろ書いたけど、言いたいことは、スピリチュアルで言われている、「引き寄せ」やその他の幸せになるための「やり方」って言うものは、その人がある状態にならなければなかなか成果を感じることは難しいってことだ。

「願望実現」について考えるとき、一番大切なことは、その人の核が「ない」状態から「ある」に変わることだと感じている。
なぜならこの変化を経験して初めて人はこういったものに対して手ごたえを感じるようになるんじゃないかと感じているから。

で、この「ない」「ある」っていう言葉をもっと別の表現をするとこうなる。

自分は愛されているのか。

この質問に、心から「yes」と答えられるのが「ある」状態。
「no」もしくは「条件付yes」の場合は「ない」状態。

「ある」状態の人と「ない」状態の人が同じことをしても結果がちがってくるんだ。
「うまくいく人」と「いかない人」みたいに。
だけど、この「ない」から「ある」に変わるその変化というものは、私はどんな人にも必ず起こると思っている。
なぜならそれが「アセンション」だから。


でね、「自分は愛されているのか?」って質問をイメージしたときに「誰に?」とか「何に?」とかが思い浮かぶ場合は、まだ「ある」状態ではないように思う。
「自分は愛されているのか?」と聞かれて、何の抵抗もなく、「誰に」とか「何に」っていう疑問もなく、即答で「yes」と答えられたときが人は「ある」状態なんだ。
なぜかというと「誰に」とか「何に」とか、そこを反射的に考えてしまう場合は、ある意味「○○だったら愛される」とかいう「条件」と同じで、自分の中にたくさんの制限があって無条件の「ある」というエネルギー状態ではないんだ。

そして、なぜそこに「誰に」とか「何に」っていうものが表現されないのかっていうと、これは感覚の話なのでややこしいとは思うんだけど、私はこんな風に感じている。
「自分は愛されている」の「誰に」とか「何に」っていう部分には、「何もない」っていうよりは、とてつもない「何か」がある。
例えるなら「親」とか「パートナー」とか「子供」とかそういった今までは「愛」というものを考えるときの根幹に感じていた最も親しい、最も近くにいる、最も濃い人間関係の誰かでさえも及ばない、それからスピリチュアルでよく言われる「自分を愛す」とかいう「自分」とか「魂」とかでもしっくりこない、言葉では言い表せない大きな大きな、今の自分では全てを捉えることの出来ない、なにかとてつもないものが入る。
それは3次元の私たちの言葉に置き換えることが出来ないものなんだけど、もしぎりぎり妥協できる言葉があるとするなら「宇宙」とか「サムシンググレート」ってことになるのだろうか。
でも、やっぱりなんだかそれさえも超越した「何か」で、それはなんと言うか「愛」というエネルギーそのもので、限りなく静かで、明るくて、光で、暖かくて、ばかでかくて、もはや何なのかわからないけど、そこを少しでも感じると、そこには無限に広がる「安心」「安らぎ」があるんだ。
で、その存在を感じた時には感じているにもかかわらず、それが何なのかってことにはこだわらない自分がいるというか、いやそうではなく、それが何なのかは自分というものの捉えられないくらいの深い部分で実はもう知っているってことを感じる。ただ確かに「ある」と思うんだ。

私はこの存在を感じることが出来たとき、人は変わると感じている。人は「ある」状態になるのだと思う。

私は少し前にこのばかでかい何かに触れてしまった瞬間があって、その瞬間にまるで宇宙のビックバンそのもののように自分が爆発し、自分のハートの中心から光が放たれてそれによって、今までの全てが、周りに広がっていた私の過去も含めたいろんなこと全てが光に変わった感覚になった。
そのときに「ああ、これがほんとの特異点なのかもしれない」とも思った。
でね、本当にこう思った。
「ああ、あったんだ。本当はあったんだ。ないと思っていたのは私の幻想で、全て私にはあったんだ」って。
「ない」から「ある」への変化に必要なのは、「足りないものを補う」感覚ではなくて、
「思い出す」こと。
沢山の自分の思いに向き合ってそれをしっかり受け止めていけば、必ず「ある」は表れる。

その「ある」が表れると、すごいことが起こる。
自己肯定
本当の意味での「自己肯定」が自分の中に「核」として存在するようになる。
あんなに難しかった「信じる」ってことがすんなりと、いとも簡単にできるようになる。

「自分を受け入れる」っていうのは、実はこんな感じの流れの中でいつの間にか起こってしまうもののような気がしています。
補うんじゃなくて、頑張るんじゃなくて、自分自身の目の前で起こるすべての事を、ただ受け止めて見つめていくことによって、いつの間にか目の前に現れるもの。
だから、今もがいているどんな人にも必ずその瞬間はやってくると思う。ちょっと時間が必要だし、コツも分かるとやりやすくもなる流れだけど。

で、この状態になって初めて、人はその瞬間をどんな波動で生きるのかを選択できるようになるんです。
その選択が出来るようになると、人は自分の人生に満足しだすような気がしています。

そんな話をまた次回。


今週はタブレットの故障でなかなかブログが書けませんでした^^;
で、なんと、今日ついにタブレット「初期化」決定!!
タブレットの古いエネルギーが一新されてしまうようです。。とほほ。。






by atelierkei-0520 | 2018-10-19 18:13 | ◇日々の気づき

「願望実現」のほんとのとこ③

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「自分が繋がっている未来を知るのが大事」とこちらで書いた↓
何故なら、私たちは常に「今」この瞬間と繋がっている未来からのサインを受け取って、その時の「思考」が出来上がっていくから。

こんな経験はないだろうか。
何かを思いついて、その思い付きがなんだかすごいことのような気がして、ワクワクして心がぱあ~と明るくなって、すぐにでも動き出したくなる気分の時があるかと思ったら、次の日にはその思いがなんだかすごくしょうもなく感じて、その流れで自分自身のことが不甲斐なくなって「今のままではだめだ、何とかしなくては!昨日の思い付きなんかをやっている場合じゃない」なんて、昨日とは真逆の気分になってしまう、みたいなこと。

最近私は、こういうことは繋がっている未来が変わることで起こると捉えるようになった。
人はこうして常に「コロコロ」と繋がっている未来が変わってしまうんだ。
じゃあこの繋がる先は何によって決まってくるのかといわれると、それは「今」の自分の瞬間瞬間の波動状態だと思っている。
だから、この考え方で行くと、じゃあ高い波動の未来に行くためには、高い波動状態の自分を作って、その未来と繋がることを選べばいいと思うかもしれないけど、実際はそれがそんな風にはいかないのが難しいところだ。
何故なら自分の「波動」って状態であって、始めはコントロールすることはなかなか難しんだね。
例えば、「高い波動状態の未来に行きたい」と思ったとしても、自分の思いの裏打ちとして「今」の自分に対しての否定という波動がそこにある場合は、波動の法則により残念ながら高い波動とは繋がれない。
「自分のことが嫌い」なのに、急に高い波動になりたいからということで「自分のこと好き」になれるかって言われたら、それはもう絶対に無理。

じゃあ、どうすれば人は高い波動の未来の自分と繋がることができるようになるのかって言うと、ここも一つ発想の転換が必要なだと思っている。
人はどうしても「足らない」と思う。だから足らないものを補おうとする。
でもね、本当は人は全てを持っている。宇宙の情報も豊かさも愛もエネルギーも、全て。全て。全て。
でもこの「全て」を部分的に「足らない」という重いエネルギーが隠している。本当はそこに隠している部分があるのに、人は「ない」と思う。
そうだとしたら、人は「足らないから補おう」ではなくて、「足らない」というエネルギーの方を消して「ある」という本来の姿を見えるようにするしかないんだ。
それが出来た時、人は心のど真ん中で本当はあるってことを受け入れることができるようになる。
そしてエネルギー状態も「ない」から「ある」に変るんだ。
こんな感じに。↓
(この記事で書いたことは、私が無意識に「過去の私は愛されていなかった」と認識していた部分が、突然「そうではなかった!!愛されていたからこそだった!!」と「ない」から「ある」に変ったという体験でした。自分的にはものすごい変化となりました。)


で、その為には、「今」目の前で起こっていることをしっかりと受け止めるしかないんだ。
「今」の自分を全て受け入れて感じること。
それがどんなに卑屈な自分であっても、卑怯な自分であっても、弱い自分であっても、その自分を否定せずに、しっかりとちゃんと見る。そして「今はそれでいい」とその自分を受け入れること。
それができない自分さえも受け入れること。
「自分なんて大嫌い!!」な自分も許すこと。
「お前は本当にダメな奴だ!」と自分をののしる自分を許すこと。
全ての「自分」の存在を許すことが、
それを許せない自分さえも許してみることが、
まずは第1歩なんです。

でね、これを続けていると、不思議なんだけど、段々と自分の中の「ない」が薄くなってくる。
そして時々ものすごい大きい「黒」が「白」にひっくり返ることがあってビックリする。上の記事の私みたいに。

それを繰り返していくとね、自動的に、本当に勝手に、高い周波数の未来と繋がってくるんだよね。
自分の低いエネルギーが昇華されて高いエネルギーの要素が多くなってくると自動的に高い所と繋がることが多くなってくるんだ。
そうなってくると、無意識にその未来のための行動を起こしていたり、「今」自分が何をすべきなのかってことが、根拠なく、でも確信に近く「わかる」ようになってくる。
だから、本当にやることは一つ。「内観」。
天使をはじめとする高次元の私たちのサポートチームはここを本当にしっかりと支えてくれる。
人はこれを続けてある地点まで行くと、初めて今度は自分の波動状態を選べるようになってくる。
ここで初めて波動を「選ぶ」ってことができるようになるし、その時点まで来るとかなり楽になってきます。

そんな話をまた次回。


このシリーズ、言葉にするのがむつかし~~~^^;
今週はめっちゃ時間かかっちゃいました。。
いろんな見方、表現ができるので、表現を1本に絞るのが難しいのです。。
はあ、、、
とにかく、まずは「今」の自分を全部まるっと受け入るしかないなって話です。で、それができない自分も受け入れちゃう。
「出来ない自分も受け入れる」っていう、これが「コツ」だと思ってます♪

by atelierkei-0520 | 2018-10-11 21:39 | ◇日々の気づき

「願望実現」のほんとのとこ②

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スピリチュアルではよく「自分が心からやりたいと思うことすればいい」なんていう。

それが幸せになるためのコツだって。
それはある一方から見ると結果その通りなんだけど、最近の私はこの「〇〇したかったら△△しましょう」っていう表現がとにかく、ものすごーく嫌だ。っていうか違和感があって居心地悪くなる

今やっていることで、将来の幸せが決まる?
将来の目標の為に今を決める?
目標とするところはあくまでも「未来」で、今は未来のためにある?
全ての行動や考え方は目的の達成の為にある?
「今」→「未来」

ううううう~~~ん。。なんか違うんです。。なんか、そんな感じじゃない。

そうではなくて、
「願望実現」を体験した人たちは、「未来の自分」と繋がって「今何をすべきか」を知ったんだと思う。そしてそれを行動に移してエネルギーを自分の現実に下ろし体験した。

人は、将来の自分、未来の自分というものと繋がった瞬間に、「自分が今何をすべきか」ってことを瞬時に言葉にして思考にするんだ。で、それが「~すべき」とか「~しなくちゃ」とか「~したい」になる。
でね、自分が今どんな未来と繋がっているのかを知りたいときは、その「~したい」を掘り下げていくと見えてくる。
「~したい」の奥にはどんな気持ちが隠れているのか。
理想は「~したい」の奥に「理由が思いつかない」って言うのがいい感じだ。
「よくわからないけど、なんかわくわくするんだよ」とか「なんかわからないけどその為なら頭と体が動くんだよ」とか、とてもシンプルですっきりしていて清々しい感じ。こういうのは「ハイヤーセルフ」が導いてくれようとしている自分の魂が体験したいと望んでいる未来だ。だからこの道に入るとスムーズだ。
でもだからといって必ずしも叶うってことでもない。叶わないことで体験するいろんなことの方に魂が重きを置いているのなら、「叶わなかった」を体験するだろう。でも魂が経験したいことだからこれはこれで人生の大切な体験としてOKなのだ。
ここで「○○したかったら△△しましょう」っていう3次元方程式は存在しないことがわかる。

たくさんの人が「どうしたら自分が思い描く幸せに到達できるのか」ってことを考えていると思う。
でもそれは「到達する」とかいうものではないんだ。「叶える」とか「叶う」とかでもない。「思考」が先ではないんだ。
だから、前もかいたかもしれないけど、「今」の自分が将来の自分の幸せを決めることはできないんだ。
ここがね、めっちゃ大事な点のような気がしているんです。

世の中には「○○したいのなら△△をしましょう」に溢れてる。
でも私は「どうしたら~できるのか」って視点でものを見ている時は「願望実現」なんてできないんじゃない?って今思い始めている。
そうではなくてね、人は高い波動領域の未来の自分とダイレクトにつながった時には、瞬間的に「今何をすべきか」っていうことを「~したい」という形か、もしくは「無意識」でもうわかっている。
だから、もし「願望実現」の為に何かできることがあるとするならば、その「わかってる」状態を目指すだけなんじゃないかと考えるようになった。
その時の「~したい」っていう思考の奥に「理由」なんてない。
ただ、これを三次元で体験する時には時間軸ができるから「願った今」→「叶った未来」で「△△したから○○が叶った!」となって、そこがややこしくする。
願いの叶った人たちがその辺りを理解せずに自分の感動を伝えようとすると、どうしても三次元的な表現になってしまうから「○○したいのなら△△をしましょう」になってしまうんだろうな。

「今」の私たちができることって、繋がったその「未来」に「行きたい」か「行きたくないか」を決めることだけ。
そしてその見極めができる唯一の方法がやっぱり「内観」だけなんですね。

うう、感覚を言葉に直すって難しいです^^;
結局は「願望実現」したかったら「良い未来と繋がりましょう」みたいな書き方になってます。これが言葉で表現する3次元の限界かななんて思いながら書いてみました。
分かりにくかったらごめんなさい^^;

by atelierkei-0520 | 2018-10-05 23:54 | ◇日々の気づき