アトリエkeiのスピリチュアルなシェアノート

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カテゴリ:日々の気づき( 99 )

「中道」を鍛えられる私…

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最近ハイヤーセルフに「バランス」をとにかく求められているような気がしてならない。
例えるなら両端に「ローテンション」と「ハイテンション」というおもりがついた棒の中心を持ちながら、細いロープを渡らせられている気分。。

自分の中が「ない」から「ある」に変わったおかげか案外「ロー」の方に偏ることは少なくなってはいるのだが、案外と盲点なのが「ハイ」の方。「一生懸命」とか「絶対」とか「もっと」とか不屈の精神で上を目指す一見ポジティブな姿勢には実は「偏り」が起こるってことが分かってきた。例えばヒーリングなんかをもっと極めたいとか仕組みをもっと知りたいとか、ブログをもっと分かりやすく書くにはどうしたらいいかとか、そういった前向きなことであっても、「もっともっと」となるとなんが「どわ~~~」っとエネルギーが下がる。
で、苦しくなって、そこからは何も生まれないことに気がつかされて、「お、いかんいかん」と体制を立て直す。

次元上昇の流れに乗る場合、流れに乗れる「ポイント」というものがあって、感覚的にそのポイントに自分自身を置いたとき「しゅわ」っと上がる感じがしている。
それは渦を巻く上昇気流のようなもの。でも渦を巻いているので上がったと思っても上でバランスを崩すとすぐその気流からは外れてしまう。
ここで重要なのが「いかにバランスをとるか」。
3次元の世界で先に進もうとする場合、一生懸命やることが大切なことだったりする。
でもここに「次元上昇」という縦に上がる動きが加わると、一生懸命だけではバランスを崩し前には進めなくなる。
「ローテンション」でも「ハイテンション」でもない、「あきらめる・くさる」でも「絶対がんばる!!」とかでもない、ちょうど真ん中でその両方を俯瞰する視点。その両方の点を結んだ線上の中心ではなく、そこからは少し離れていてでもしっかりとその両方をもっている調度綱渡りのバランスのような感じ。
今その場所の感覚をしっかりと掴むように促されている感じなのだ。
全ては、エネルギーなんだ。
起こっていることは自分の人生としてはすごくすごく大切なこと。
だから起こっていることに意識を向けて「なぜ」「どうすれば」って考えるけど、エネルギーを見ればいろんなことに気づく。

昨日は大きく揺さぶられて、今日は見事に体に症状が出て久々に強烈にお腹を壊した^^;
こういうときは深呼吸して、自分の中から出る波動を静かにする。
そうするとね、不思議なんだけど、「ローテンション」と「ハイテンション」では感じられない小さな小さな幸せに心が「ぽ」っと暖かくなるんだよね。
で、そのなんともいえない暖かさ、穏やかさは、創造主と繋がったときの感覚と同じなんだ。
「これだよねえ」と思う。
この感覚を今自分のものにしようとしているんだろうな。

これを言葉にどうやって直そうかって考えてたら「中道」って言葉が浮かびました。
自分の中にこの感覚ができてきたのかもしれません。
まだ定着はしてないみたいですが^^
自分観察が面白い今日この頃です。

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by atelierkei-0520 | 2018-11-15 22:25 | 日々の気づき

初めて会う守護霊さん

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このブログで時々登場する、私のメインガイドの守護霊さん「マーシャルおじさん」
いつも自分でガイドさんに会いに行くとこのマーシャルおじさんが出てきてくれるのだが、今日また新たなガイドさんを知ることが出来た。
人についてるガイド(守護霊)さんはかなり沢山いるので、どの方が出てくるかは毎回違っていてもおかしくないのだが、自分で会いに行くときは方向性が決まっているのか、たいてい同じ人が現れることが多い。
でも今日は「エンジェルサポートレッスン」の「他人のガイドに会う」という練習のため、生徒さんに私のガイドさんに会ってきてもらう、というのをやると、生徒さんの新しい感覚でこれまで対面することのなかった女性のガイドさんが登場した。

生徒さんが受け取ったメッセージは「教えることの難しさ」という言葉だった。レッスンでは時間の関係で私が時間制限を設けるときもあって、このときはこの生徒さんはこの言葉だけで終わってしまった。
ということで、レッスンが終わった後、この女性のガイドさんに自分で会いに行ってみることにした。

いつもの場所に行くと、やっぱりマーシャルおじさんが待っていてくれたので、「生徒さんが会った女性の方と会ってお話がしたい」というと、「もちろん^^もう待ってるよ」とのこと。
待っていてくれたのは、白い服を着た初老の白髪の女性で歳はとっていたけどすごくきれいな人だった。
ガイドさんのこの姿は過去世の私に馴染み深い姿のようで、その時彼女は「エリザベス」と言ったそうだ。
過去世の私が子供のころ近所にいたおばあさんで、血のつながりはなかったものの、とてもかわいがってくれたそうだ。短い間だったけど幸せな記憶だったようだ。
「教えることの難しさ」について聞いてみると、こう返ってきた。
「人を教えるとか導くとか、そういう風になると難しくなる。自分の体験を伝えるだけでいい。ブログもそれでいい。人(生徒さん)と楽しい時間を過ごして欲しい。お互いにかけがいのない時間なのだから。」
とのことだった。

なんか、じーーーんとしてしまった。
ここ最近「うまく書こう、うまく伝えよう」としすぎていたかもしれないなと思った。
そうこうしているうちに、2年間愛用していたタブレットは完全におじゃんになってしまい、キーボードがない状態での「書く」がかなりしんどくなっていた。でもキーボードがなくて「書く」がしんどかったんじゃなくて、「書くがしんどい」からキーボードがなくなってしまったというほうがほんとのとこかも。
今、この投稿はすらすらと書けている。
使っているのは、めっちゃ古いPC^^
すごい快適。問題ない。
今、自分の周りがどんどん刷新されていて、いろいろ物入りで、「タブレットもか!」と思ったけど、とりあえずはタブレットは保留にしようと思ったのでした。

エリザベスさんに会えてよかった。
つないでくれた生徒さんにも感謝です^^

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by atelierkei-0520 | 2018-10-26 21:58 | 日々の気づき

「願望実現」のほんとのとこ④「ない」から「ある」に変わるとき。

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「願望実現」のほんとのとこについて書いている。
今までの投稿↓
・「願望実現」のほんとのとこ①
・「願望実現」のほんとのとこ②
・「願望実現」のほんとのとこ③

いろいろ書いたけど、言いたいことは、スピリチュアルで言われている、「引き寄せ」やその他の幸せになるための「やり方」って言うものは、その人がある状態にならなければなかなか成果を感じることは難しいってことだ。

「願望実現」について考えるとき、一番大切なことは、その人の核が「ない」状態から「ある」に変わることだと感じている。
なぜならこの変化を経験して初めて人はこういったものに対して手ごたえを感じるようになるんじゃないかと感じているから。

で、この「ない」「ある」っていう言葉をもっと別の表現をするとこうなる。

自分は愛されているのか。

この質問に、心から「yes」と答えられるのが「ある」状態。
「no」もしくは「条件付yes」の場合は「ない」状態。

「ある」状態の人と「ない」状態の人が同じことをしても結果がちがってくるんだ。
「うまくいく人」と「いかない人」みたいに。
だけど、この「ない」から「ある」に変わるその変化というものは、私はどんな人にも必ず起こると思っている。
なぜならそれが「アセンション」だから。


でね、「自分は愛されているのか?」って質問をイメージしたときに「誰に?」とか「何に?」とかが思い浮かぶ場合は、まだ「ある」状態ではないように思う。
「自分は愛されているのか?」と聞かれて、何の抵抗もなく、「誰に」とか「何に」っていう疑問もなく、即答で「yes」と答えられたときが人は「ある」状態なんだ。
なぜかというと「誰に」とか「何に」とか、そこを反射的に考えてしまう場合は、ある意味「○○だったら愛される」とかいう「条件」と同じで、自分の中にたくさんの制限があって無条件の「ある」というエネルギー状態ではないんだ。

そして、なぜそこに「誰に」とか「何に」っていうものが表現されないのかっていうと、これは感覚の話なのでややこしいとは思うんだけど、私はこんな風に感じている。
「自分は愛されている」の「誰に」とか「何に」っていう部分には、「何もない」っていうよりは、とてつもない「何か」がある。
例えるなら「親」とか「パートナー」とか「子供」とかそういった今までは「愛」というものを考えるときの根幹に感じていた最も親しい、最も近くにいる、最も濃い人間関係の誰かでさえも及ばない、それからスピリチュアルでよく言われる「自分を愛す」とかいう「自分」とか「魂」とかでもしっくりこない、言葉では言い表せない大きな大きな、今の自分では全てを捉えることの出来ない、なにかとてつもないものが入る。
それは3次元の私たちの言葉に置き換えることが出来ないものなんだけど、もしぎりぎり妥協できる言葉があるとするなら「宇宙」とか「サムシンググレート」ってことになるのだろうか。
でも、やっぱりなんだかそれさえも超越した「何か」で、それはなんと言うか「愛」というエネルギーそのもので、限りなく静かで、明るくて、光で、暖かくて、ばかでかくて、もはや何なのかわからないけど、そこを少しでも感じると、そこには無限に広がる「安心」「安らぎ」があるんだ。
で、その存在を感じた時には感じているにもかかわらず、それが何なのかってことにはこだわらない自分がいるというか、いやそうではなく、それが何なのかは自分というものの捉えられないくらいの深い部分で実はもう知っているってことを感じる。ただ確かに「ある」と思うんだ。

私はこの存在を感じることが出来たとき、人は変わると感じている。人は「ある」状態になるのだと思う。

私は少し前にこのばかでかい何かに触れてしまった瞬間があって、その瞬間にまるで宇宙のビックバンそのもののように自分が爆発し、自分のハートの中心から光が放たれてそれによって、今までの全てが、周りに広がっていた私の過去も含めたいろんなこと全てが光に変わった感覚になった。
そのときに「ああ、これがほんとの特異点なのかもしれない」とも思った。
でね、本当にこう思った。
「ああ、あったんだ。本当はあったんだ。ないと思っていたのは私の幻想で、全て私にはあったんだ」って。
「ない」から「ある」への変化に必要なのは、「足りないものを補う」感覚ではなくて、
「思い出す」こと。
沢山の自分の思いに向き合ってそれをしっかり受け止めていけば、必ず「ある」は表れる。

その「ある」が表れると、すごいことが起こる。
自己肯定
本当の意味での「自己肯定」が自分の中に「核」として存在するようになる。
あんなに難しかった「信じる」ってことがすんなりと、いとも簡単にできるようになる。

「自分を受け入れる」っていうのは、実はこんな感じの流れの中でいつの間にか起こってしまうもののような気がしています。
補うんじゃなくて、頑張るんじゃなくて、自分自身の目の前で起こるすべての事を、ただ受け止めて見つめていくことによって、いつの間にか目の前に現れるもの。
だから、今もがいているどんな人にも必ずその瞬間はやってくると思う。ちょっと時間が必要だし、コツも分かるとやりやすくもなる流れだけど。

で、この状態になって初めて、人はその瞬間をどんな波動で生きるのかを選択できるようになるんです。
その選択が出来るようになると、人は自分の人生に満足しだすような気がしています。

そんな話をまた次回。


今週はタブレットの故障でなかなかブログが書けませんでした^^;
で、なんと、今日ついにタブレット「初期化」決定!!
タブレットの古いエネルギーが一新されてしまうようです。。とほほ。。






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by atelierkei-0520 | 2018-10-19 18:13 | 日々の気づき

「願望実現」のほんとのとこ③

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「自分が繋がっている未来を知るのが大事」とこちらで書いた↓
何故なら、私たちは常に「今」この瞬間と繋がっている未来からのサインを受け取って、その時の「思考」が出来上がっていくから。

こんな経験はないだろうか。
何かを思いついて、その思い付きがなんだかすごいことのような気がして、ワクワクして心がぱあ~と明るくなって、すぐにでも動き出したくなる気分の時があるかと思ったら、次の日にはその思いがなんだかすごくしょうもなく感じて、その流れで自分自身のことが不甲斐なくなって「今のままではだめだ、何とかしなくては!昨日の思い付きなんかをやっている場合じゃない」なんて、昨日とは真逆の気分になってしまう、みたいなこと。

最近私は、こういうことは繋がっている未来が変わることで起こると捉えるようになった。
人はこうして常に「コロコロ」と繋がっている未来が変わってしまうんだ。
じゃあこの繋がる先は何によって決まってくるのかといわれると、それは「今」の自分の瞬間瞬間の波動状態だと思っている。
だから、この考え方で行くと、じゃあ高い波動の未来に行くためには、高い波動状態の自分を作って、その未来と繋がることを選べばいいと思うかもしれないけど、実際はそれがそんな風にはいかないのが難しいところだ。
何故なら自分の「波動」って状態であって、始めはコントロールすることはなかなか難しんだね。
例えば、「高い波動状態の未来に行きたい」と思ったとしても、自分の思いの裏打ちとして「今」の自分に対しての否定という波動がそこにある場合は、波動の法則により残念ながら高い波動とは繋がれない。
「自分のことが嫌い」なのに、急に高い波動になりたいからということで「自分のこと好き」になれるかって言われたら、それはもう絶対に無理。

じゃあ、どうすれば人は高い波動の未来の自分と繋がることができるようになるのかって言うと、ここも一つ発想の転換が必要なだと思っている。
人はどうしても「足らない」と思う。だから足らないものを補おうとする。
でもね、本当は人は全てを持っている。宇宙の情報も豊かさも愛もエネルギーも、全て。全て。全て。
でもこの「全て」を部分的に「足らない」という重いエネルギーが隠している。本当はそこに隠している部分があるのに、人は「ない」と思う。
そうだとしたら、人は「足らないから補おう」ではなくて、「足らない」というエネルギーの方を消して「ある」という本来の姿を見えるようにするしかないんだ。
それが出来た時、人は心のど真ん中で本当はあるってことを受け入れることができるようになる。
そしてエネルギー状態も「ない」から「ある」に変るんだ。
こんな感じに。↓
(この記事で書いたことは、私が無意識に「過去の私は愛されていなかった」と認識していた部分が、突然「そうではなかった!!愛されていたからこそだった!!」と「ない」から「ある」に変ったという体験でした。自分的にはものすごい変化となりました。)


で、その為には、「今」目の前で起こっていることをしっかりと受け止めるしかないんだ。
「今」の自分を全て受け入れて感じること。
それがどんなに卑屈な自分であっても、卑怯な自分であっても、弱い自分であっても、その自分を否定せずに、しっかりとちゃんと見る。そして「今はそれでいい」とその自分を受け入れること。
それができない自分さえも受け入れること。
「自分なんて大嫌い!!」な自分も許すこと。
「お前は本当にダメな奴だ!」と自分をののしる自分を許すこと。
全ての「自分」の存在を許すことが、
それを許せない自分さえも許してみることが、
まずは第1歩なんです。

でね、これを続けていると、不思議なんだけど、段々と自分の中の「ない」が薄くなってくる。
そして時々ものすごい大きい「黒」が「白」にひっくり返ることがあってビックリする。上の記事の私みたいに。

それを繰り返していくとね、自動的に、本当に勝手に、高い周波数の未来と繋がってくるんだよね。
自分の低いエネルギーが昇華されて高いエネルギーの要素が多くなってくると自動的に高い所と繋がることが多くなってくるんだ。
そうなってくると、無意識にその未来のための行動を起こしていたり、「今」自分が何をすべきなのかってことが、根拠なく、でも確信に近く「わかる」ようになってくる。
だから、本当にやることは一つ。「内観」。
天使をはじめとする高次元の私たちのサポートチームはここを本当にしっかりと支えてくれる。
人はこれを続けてある地点まで行くと、初めて今度は自分の波動状態を選べるようになってくる。
ここで初めて波動を「選ぶ」ってことができるようになるし、その時点まで来るとかなり楽になってきます。

そんな話をまた次回。


このシリーズ、言葉にするのがむつかし~~~^^;
今週はめっちゃ時間かかっちゃいました。。
いろんな見方、表現ができるので、表現を1本に絞るのが難しいのです。。
はあ、、、
とにかく、まずは「今」の自分を全部まるっと受け入るしかないなって話です。で、それができない自分も受け入れちゃう。
「出来ない自分も受け入れる」っていう、これが「コツ」だと思ってます♪

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by atelierkei-0520 | 2018-10-11 21:39 | 日々の気づき

「願望実現」のほんとのとこ②

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スピリチュアルではよく「自分が心からやりたいと思うことすればいい」なんていう。

それが幸せになるためのコツだって。
それはある一方から見ると結果その通りなんだけど、最近の私はこの「〇〇したかったら△△しましょう」っていう表現がとにかく、ものすごーく嫌だ。っていうか違和感があって居心地悪くなる

今やっていることで、将来の幸せが決まる?
将来の目標の為に今を決める?
目標とするところはあくまでも「未来」で、今は未来のためにある?
全ての行動や考え方は目的の達成の為にある?
「今」→「未来」

ううううう~~~ん。。なんか違うんです。。なんか、そんな感じじゃない。

そうではなくて、
「願望実現」を体験した人たちは、「未来の自分」と繋がって「今何をすべきか」を知ったんだと思う。そしてそれを行動に移してエネルギーを自分の現実に下ろし体験した。

人は、将来の自分、未来の自分というものと繋がった瞬間に、「自分が今何をすべきか」ってことを瞬時に言葉にして思考にするんだ。で、それが「~すべき」とか「~しなくちゃ」とか「~したい」になる。
でね、自分が今どんな未来と繋がっているのかを知りたいときは、その「~したい」を掘り下げていくと見えてくる。
「~したい」の奥にはどんな気持ちが隠れているのか。
理想は「~したい」の奥に「理由が思いつかない」って言うのがいい感じだ。
「よくわからないけど、なんかわくわくするんだよ」とか「なんかわからないけどその為なら頭と体が動くんだよ」とか、とてもシンプルですっきりしていて清々しい感じ。こういうのは「ハイヤーセルフ」が導いてくれようとしている自分の魂が体験したいと望んでいる未来だ。だからこの道に入るとスムーズだ。
でもだからといって必ずしも叶うってことでもない。叶わないことで体験するいろんなことの方に魂が重きを置いているのなら、「叶わなかった」を体験するだろう。でも魂が経験したいことだからこれはこれで人生の大切な体験としてOKなのだ。
ここで「○○したかったら△△しましょう」っていう3次元方程式は存在しないことがわかる。

たくさんの人が「どうしたら自分が思い描く幸せに到達できるのか」ってことを考えていると思う。
でもそれは「到達する」とかいうものではないんだ。「叶える」とか「叶う」とかでもない。「思考」が先ではないんだ。
だから、前もかいたかもしれないけど、「今」の自分が将来の自分の幸せを決めることはできないんだ。
ここがね、めっちゃ大事な点のような気がしているんです。

世の中には「○○したいのなら△△をしましょう」に溢れてる。
でも私は「どうしたら~できるのか」って視点でものを見ている時は「願望実現」なんてできないんじゃない?って今思い始めている。
そうではなくてね、人は高い波動領域の未来の自分とダイレクトにつながった時には、瞬間的に「今何をすべきか」っていうことを「~したい」という形か、もしくは「無意識」でもうわかっている。
だから、もし「願望実現」の為に何かできることがあるとするならば、その「わかってる」状態を目指すだけなんじゃないかと考えるようになった。
その時の「~したい」っていう思考の奥に「理由」なんてない。
ただ、これを三次元で体験する時には時間軸ができるから「願った今」→「叶った未来」で「△△したから○○が叶った!」となって、そこがややこしくする。
願いの叶った人たちがその辺りを理解せずに自分の感動を伝えようとすると、どうしても三次元的な表現になってしまうから「○○したいのなら△△をしましょう」になってしまうんだろうな。

「今」の私たちができることって、繋がったその「未来」に「行きたい」か「行きたくないか」を決めることだけ。
そしてその見極めができる唯一の方法がやっぱり「内観」だけなんですね。

うう、感覚を言葉に直すって難しいです^^;
結局は「願望実現」したかったら「良い未来と繋がりましょう」みたいな書き方になってます。これが言葉で表現する3次元の限界かななんて思いながら書いてみました。
分かりにくかったらごめんなさい^^;

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by atelierkei-0520 | 2018-10-05 23:54 | 日々の気づき

「願望実現」のほんとのとこ①

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つい先日、ものすごく前に書いたブログの記事が結構な人に読まれているのを発見し、「あれ?これ、私何を書いてたのかな?」と読み直した記事がある。
それがこれ↓

この記事自体は「なんでスピリチュアルを知っておく必要があるのか」ってことを一生懸命説明している(これについては必ずしも知っておく“必要”なんていうのはない。そうではなく、“知る”か“知らないでおくか”を決める基準は“知りたい”かどうかだけだと今は思ってます^^)。

で、この中ではタイトルに「現実化の流れ」とあるように、現実化の仕組みについて一生懸命書いている。
この時の私は「現実化とはどういった仕組みなのか」ということを解明するのに夢中だった。なんでかって言うと、自分の現実に「不満」があったから。だから、何とか仕組みを理解して自由自在にエネルギーを使いこなすことで自分の現実をよくしたかった。
結構頑張ったと思う。今の私にはこの書き方はできません。。

ただ、今の私が、この時の私に対してなんて言うかっていうと、
「あんたね~、そりゃ、3次元から見た視点だよ。仕組みについてはうまく説明してるけど、それがわかって、その通りにやってみようったって、結局は物事を自分がいいと思うようには出来なかったよね?
例えば、じゃあ箱が欲しいって四六時中うーーんうーーんと念じていても、結局は箱は手に入らなかったんじゃない?
なに?“執着が強かったら手に入らない”?執着のせいなの?うまくいかないのは?
いや、そもそも、“執着”って何?
いやいや、そもそもあんたは、何で、“箱が欲しい”わけ????????」

この記事を書いたときの私は仕組みは分かったけど、どうやったらそれを使えるようになるのかまでは分からなかった。
今思うことは、思考は「使う」とかではないってことだ。
思考を「使う」とか「使わない」とかで捉えることはとても3次元的で、一方からの見方しかなくて、多次元の視点ではないことがわかってきた。
思考は感じたことを言葉というものに置き換えたなんともとりとめのないもので、なんというか、とても流動的で霧のようで
でも何かの時にキュッと集まって言葉になって、文章になって、願望になって、そんな量子のようなものなのだ。
思考は「願望」と置き換えてもいいかな。自分のいいと思うことを現実化するときの話だから、考えることは「願望」だから。
でね、この新しく獲得した思考についての感覚はとっても「チャネリング」に似ているのだ。

私たちは常に「チャネリング」しながら思考を作っている。
繋がっている先は「未来」。
「箱が欲しい」自分は一体どんな未来と繋がっているのか。それが重要なんだよね。
だから、「そもそも、なんで箱が欲しいのか」ここがキーポイントなんです。
「箱」の部分はなんでも置き換えられる。
続きは次回。


久々の通常投稿で、ちょっと今まで経験したことをどうしたもんだかって感じで、こんな風になってます^^;
ちょっとづつペースが出来てくるだろうなと思いながら、今日は一旦この辺で^^

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by atelierkei-0520 | 2018-10-03 23:06 | 日々の気づき

夏休み中のつぶやき:備えの大切さ

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先日の台風はすごかったです。
台風の進路の真下だった我が家の周りは、おかげさまで停電にもならず、無事にやり過ごすことができました。
ご心配の声を頂いたりしたので「大丈夫でした!」とブログにあげようと思ったら、北海道での地震。。
毎回ですが、大変な思いをされた全ての方々が少しでも日常を取り戻すことができますようにとお祈りしています。

今、地球も次元を急激に上がっています。私たち自身もそうですが、上がる時は揺れるのだと思います。強い変化の時期は電気系統がやられると言われていますが、今回の台風も地震も大規模な停電が起こっていて、次元の変化を感じざるを得ません。

高次元の存在とコンタクトを取ると、「3日分ほどの食料を備蓄すること」と言われました。同時にこのことが意味することが伝わってきました。
それは「落ち着くこと」でした。

「3日分ほどの食料を備蓄すること」と言われると、「え!!やっぱ近々すごいこと起こるから??」と慌てましたが、彼らが言いたいことはそうではありませんでした。
「起こるか起こらないか」ということではなく、「準備や備えをすること」でとりあえずは「落ち着く」ということが、ものすごくものすごく大切だということでした。

私たちがもつ思考、感情のエネルギーが自然の動きに与える影響は決して小さくありません。
備えをすることで、将来への恐怖を育てるのではなく、「落ち着く」ために行動する。
テレビやネットの情報で恐怖心を煽られるのではなく「安心」「安全」のために役立てる。
それが未来のためにとても大切だということでした。

今の自分の心の状態が数ある未来の中のどの未来と繋がるのかを決めていきます。
今できる備えをすることでしっかりと落ち着いていたいと思います。



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by atelierkei-0520 | 2018-09-08 10:33 | 日々の気づき

次元をジャンプする

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先日、電車が止まった日のことを書きました。
こちら↓


で、この時、電車には比較的直ぐ乗れたのですが、電車に乗ってしばらくすると電車が途中で止まってしまいました。
この時ちょっと暇だったので、ミカエルさまにこう質問してみました。
「今日エネルギーがすごく降りてきてるのはわかるんですけど、でもなんでこんな風にこれを私は経験しているんですかね??」
なぜこんなことを聞いたのかというと、だって、同じことが起こっても「経験しない」ってパターンもあるわけです。
例えば、外出の予定はなかったとか、この電車のストップのちょっと前に電車に乗っていたとか、そんなパターンもあるはずですよね。でも何故か私が駅に着いた丁度2分くらい前に電車はストップしたのです。ばっちり過ぎるじゃないですか。

するとミカエルさま、ニコニコしながらこう言ってきました。

「何故ですって?何故って、あなたが起こしてるんじゃないですか^^
あなたの中に大量のエネルギーが流れ込んできて、あなたの中のいらないものが外に出てそれが形になっています。
あなたの中と外に次元の歪が起こって、こういうことになっているんです。
簡単ですよ、そこからジャンプして高い次元に移ってください。そうすればあなたはこれからの自分の次元に移れます^^」

「なるほど~、それいいですね♪じゃあ、ジャンプします^^♪」
そう言うと、電車は動き出しました。

「次元が歪む」。エネルギーが大量に降りてくる様子を大天使目線で見るとそうなるのかと「面白いな」と思いながら、その日の朝見た夢とその時感じたことを思い出しました。

私が現実でやろうと予定していたことを実際に夢の中でやっているというものだったんですけど、やりながらいろんなアンラッキーが重なるという夢でした。
あんまり覚えていないんですが、例えば一見ちゃんとしてそうだけど人を見て対応を変える美容院の店員さんに、適当にあしらわれて不愉快な思いをしその後苦労しなきゃいけなかったりとか、要するに現実でもありそうなアンラッキーを体験しまくる夢で、起きた時ちょっと不愉快だったのです。
「やな夢ー。ー;」とも思ったのですが、もう一つ不思議な感覚がありました。
それは「懐かしい」でした。夢で経験した世界がなんか「懐かしい」と感じたのです。
そしてふと、こう思いました。
「あ、次元が変わった?」って。
「私がかつて経験していた世界はもう夢の中の世界になってしまって、現実ではなくなってしまったのかも」と。

夢の中のパラレルワールドになってしまった私のかつての現実。
きっといつかもう夢でもその世界には行けなくなってしまうのかもな。
毒出しを続けて続けて続けて続けて、そして体験することはこんな感じなのかもしれません。
「次元」はとても細かくて、移ってもそれとは気が付かないし、上がったと思ってもまた下がったりもします。
でも確実に自分が作る世界は変わっていく、そんな気がしています。

昨日は突然の雷雨が多くて、うちのワンコも散歩に出たなと思ったら、大雨でずぶぬれで帰ってきました。
ちょっと前に「あ~~、そろそろワンコ洗わなきゃ…、大変だな面倒だな、、いつにしようかな、、」って思ってたら、雨でずぶぬれ。。
しょうがないので、勢いでシャンプーで丸洗いしました。
おかげですごくきれいになってワンコも気持ちよさそうです。
めんどくさがっていたのに、強制的にルナの満月浄化も終了させられました♪
上手くできてますね^^;

皆さま今週もお疲れさまでした♪
下の写真は昨日の午前中の気になる雲↓クジラみたいで面白い雲でした^^
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by atelierkei-0520 | 2018-06-30 22:19 | 日々の気づき

みどりの天使が教えてくれたこと。

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先日、ふとしたことから天使と話すことになった。
最近「天使」と前にもましてグッと近くなった気がしていて、よく天使という存在に話しかける。
その時も、ワンコの散歩中にふとこんな風に話しかけて会話が始まった。

「あ~あ、私ももっともっと天使が見えたらな~。もっとファンタジーのアニメのように彼らの姿が見えたりしたら、楽しいし面白いし、幸せな気分にもなるだろうに。」
なんとなくそんな風に側にいるだろう天使に向かってぼやいてみた。
するとこんな風に返ってきた。

「目で見ようとしたらダメだよ。目で見ようとすればするほど見えなくなるよ。そうではなく、感じて。僕は何色?」
「みどり」と私。
「みどり」以外はなかった。「みどり」以外の何物でもなかった。「感じる」のであれば、それは「みどり」。
「青もあるよ^^」と彼は緑のローブの内側を少しだけ見せてくれた。内側には青色があった。

「ふーん、なるほど。まあ、なんとなく言わんとすることはわかる。あのさ、話は変わるんだけど、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と私はつづけた。
それは最近ふと感じた疑問だった。
「今さらなんだけど、どうして恐怖や不安からでは願いはかなわないの??」

これについてはスピの世界では「引き寄せの法則」などで理屈は知っているし、自分でも波動の法則なんかで理解していたつもりなんだけど、ちょっと別の話から改めてこの疑問に辿り着いてしまって、聞いてみた。
するとみどりの天使からはこう返ってきた。

それは、“愛されてる”から。
あなたは“愛されている”から。

本当は“愛されている”のに、
“愛されていない”と思っても
それは叶わないよ。

あ~………、、、、なるほど、、、そういうことか。。。
私たちは、どんな生き方をしていたとしても、今ここに生きているってことは、どの人も間違いなく「愛されている」。
誰にと言われれば、それは「宇宙」とも言えるだろうし、天使たちの表現では「神様」みたいになるんだろう。

私たちは「愛されている」。
間違いなく。それは絶対の真理でどうしよもない事実。
でも、私たちには「自由意思」があって、頭の中で何を考えようと心でどう感じようと、それは「自由」。
だから「愛されてない」と感じることは誰に邪魔されることでもない。たとえそれが宇宙でも神様でも。

でも、結局はその「愛されていない」というのは私たちの妄想なんだ。私たちが頭で作る「虚構」なんだ。
恐怖や不安を感じて、それによって未来を見る時は、「愛されていない」という虚構を前提にしている。
「愛されていない」という虚構を前提に「だから何とかしてほしい」といくら宇宙に訴えたところで、返ってくる答えは「いいえ、あなたは愛されています」なんだ。

「私は愛されていないんだ!だから何とかしなくてはいけないんだ!」
「いいえ、あなたは愛されています。だから何ともしなくていいのです」
これの繰り返し。

なるほどな~と思った。
じゃあ、「愛されてる」という前提に立つとどうなるんだろうとイメージしてみた。
今自分は、本当に愛されていて、今も将来も確かに愛される、サポートされているとイメージして、そこから未来を見た時に望むことはどんな感じになるんだろうと。
もうね、ワクワクとか心から嬉しくなることとか、そういうことをやっている自分とか、嬉しさや温かさしか思い浮かばなくなる。
そしてこう返ってくるのがわかる。

「私は愛されています。そしてこうなりたいんです。こうしたいんです。」
「はい、あなたは愛されています。だからそうなります。」
って。

自分の中の闇が少しづつ消えていくと、この不思議な感覚が少しずつわかるような気がする。本当に少しづつだし、行きつ戻りつするんだけど。
今朝はちょっと面白い夢を見た。
それは定期的に見るアトランティスの記憶の断片の「天変地異」の夢だった。
今まではこの夢を見る時は、圧倒的な恐怖や絶望や死への覚悟で夢が終わっていた。
ところがね、今日は違っていたんだ。
いつものように船に乗っていて、異常な勢いで外の水が増えてきて船が流されだした時、私には「生きる」も「死ぬ」もなかった。
ただこう信じていた。「大丈夫。私は守られている」って。
そう信じていたら、不思議なことに、流されていた船が何かに引っかかって止まり、私は船から降りて陸地に上がり、町に出ていた。
町では、心の片隅で「今からとんでもない事態に陥るから、できるだけ何とかしないと。。まずは食料を買って…」なんて思ってる自分をよそに、大きな自分が「それは今やったってどうしようもないよ。今は今必要なものだけあればいい」と取り合わなかったら、最後は洋服屋で服を選んでいるところで目が覚めた。

いつも前世の命が終わる瞬間で目覚める夢が、なんと町で楽しくお買い物している夢に変ってしまった。
ここ数日アカシックの闇が消えて行くことについて書いていたんだけど、今日見た夢は、まさしく、夢の内容が意識で変わってしまうという経験をさせてくれた。

いろんなことが1点に集約されていく。
それは今までになかった感覚で、本当に不思議な思いです。

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by atelierkei-0520 | 2018-05-26 23:57 | 日々の気づき

高熱体験で得たもの②「元気」について

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前回↓のつづき。

今日は「元気」について気づいたことを書いてみます。

「元気」と聞くと、元気があるとか元気がないとか、そんな風に使いますよね。
いいかえると「はつらつとしている」とか「生き生きしている」とかそんな感じになるんでしょうか。
少し前に中国医学から伝わった考え方として「禅」の本に「元気」についてこんな風に書かれてるのを読みました。

「人は生まれながらにして“元気”を持っている。この“元気”は下腹部にある気海と呼ばれるところや丹田に蓄えられ活動の源になる。そして食べ物や飲み物からなる“後天の気”と一体となって全身を流れる。気を運ぶものが“血気”でさらに“気は血を生じる”とも言われ“気”の力で生気がみなぎる」

まあ、なかなか難しそうですが、私が熱でうなされている時にこのような内容を少し思い出し、いい加減にこういう解釈をしました。
「そういえば、そんなことが書いてあったな。。なんだっけ?丹田にもともと初めから“元気”はあるんだ。ということは、元気になりたかったら、丹田の元気を取り出して全身に回せばいいんじゃないか?そうだそうだ、やってみよう」となった訳です。
「取り出して回す」って、一体どうやっるものなのか、私自身もよくわかっていませんが、とりあえず思いついたのは「呼吸」でした。
「そうだ、呼吸しながら丹田の元気を全身に回そう!」と思いました。
で、「うぅぅっぅぅぅぅ、、うううぅぅぅぅぅぅ、…」っていう熱による唸りを、急遽、鼻から息を吸って、口から出すという「すーーはーーー、すーーはーー」に変えてみたのです。
すると、これがなんかものすごくよかったんですね。熱はあるんですが、気分が全然違います。息をする方に意識が行くせいかもしれません。足元が温かくなり、全身の力が抜けます。
それで、私は起きている時にはずっとこの「すーはー」をやっていました。そして何かを食べたり飲んだりした後は「よし、この今食べたものと元気を混ぜて体に運ぶぞ!」と意図して、より熱心にこの「スーハ―」に取り組みました。すると、確かにお腹に入ったものが上手く馴染んでいくのを感じました。
先日の味覚の経験で書いた、ケースの水を夜中に一気飲みして、お腹が急激に冷えて苦しくなった時も、この「スーハ―」で乗り切りました。

気がまぎれるのもあって、気に入ってこの「スーハ―」をやっていたのですが、一度だけ、どう頑張っても体の元気を感じられなくなった時がありました。それは高熱の峠も超えて、熱が下がり始めているのを実感している時でした。
「スーハ―、スーハ―…、、あああ~…、なんか詰まんないな。。。。全然なんか喜びがないな。。。ん???そうだ、なんか体にまったく“元気”を感じないぞ。。なにこれ??こんな感じ初めて??」
それまで、特に「元気」を感じていたわけではありません。でも「元気を取り出して回そう」と思えば「ごっこ」だったとしてもそれが出来ました。
でもこの時は体中がなんだか空っぽで、本当に「何もない」感覚になってしまったのです。
熱でしんどいという以前に、全てが色あせていて、どうでもよくて、だるくて、めんどくさくて、無気力なのです。
この経験から、「ごっこ」かもなと思いつつやっていた「スーハ―」作戦ではやはり自分の元気を体に回すことが少なからずできていたんじゃないかと思いました。
と同時に、今まで当たり前のようにそこにあった「元気」がなぜ今ないのか、それがとてもとても不思議でした。

「おかしいな…どうしよう、、なんでこんなにどこにも“元気”がないんだろう。なんだろうこの無気力な感じ。。何か、何か、楽しいことをやらないと、何か幸せな気分になることを。何か思いつけ!思いつけ!」と思っていてひらめきました。
「そうだ!足湯をしよう!!」と。
まあ、本当は全てがめんどくさくなっていたんですけど、「めんどくさい」とか「無気力」とか、私はもうこの人生で十分に経験しているので、はっきり言ってそこを経験する気は毛頭なく、そのためにも動くことが必要だと判断しました。
で足湯もただお湯に浸けるだけだと、あんまり楽しくないので、ちょっとだけテンションを上げるためにお湯の中に「ヒマラヤ岩塩」という綺麗なローズクオーツのような塩の塊を入れてみました。
「ハーブとかがあればもっとテンションがあがるな~きっと」なんて思いながら。

で、足をお湯につけるわけですが、どうも体が温まらないのです。なんかとても冷える。そして、何度もお湯を足すんだけど、一向にダメで、やっぱり体に「元気」は見当たりません。
「おかしいな~、、どうしたらいいんだろう。。」と思って、は!!!っとしました。
その時私はおでこに熱を冷ましてくれるシートというのを貼っていたのです。
実はこの前の日、今までで一番強烈な熱が出そうになった時、「もういやや~~TT、かんべんしてTT」と思っていたら、何故かこのシートが家にあるのを発見し、「子供用って書いてあるし、効くのかよくわからんけどとりあえず貼ってみよう」と貼ったところ、意外とよかったという経緯があって、8時間持続するということだったので、表示通り8時間張り付けてました。その後シートの必要性はあまりなかったものの、袋にはもう1枚あり、そのまま放置できそうにないものだったので使い切りたいという意識と、「また熱がたかくなったらいやだ」という恐怖から、少しだけ熱が上がりそうな気配を感じた時に、すかさずそれをまた貼り付けたのでした。

「もしかして、、これのせいか??」と思い切ってそのシートをおでこから剥がしてみると、これが本当に不思議で、どんどん体に元気が戻ってきたのです。
おでこで血を冷やしていたので、冷えるのは当たり前ですが、やはり慢性的な冷えというのは何かしらの「鬱」症状を起こすのかもしれません。
また、前回よかったからとか、いつもやっているからとか、使い切らないからもったいないとか、そういった理由で体の声をちゃんと聞かずにただなんとなくやっていることが、実は自分の無気力の原因となったりしている可能性もあるのだなと感じました。
そして、この経験でも、やはり体の中に入れるものの大切さや、そこをちゃんと毎回毎回新鮮な気持ちで自分と向き合う大切さを感じたのでした。
味覚の経験も合わせて「気分がすぐれない」「やる気が出ない」「人生がつまらない」「何物にも何も感じない」
そんな気持ちは、自分が怠けているからとか悪いとか弱いとか、そういった理由ではなくて、実は私たちが何気なく当たり前のようにお世話になっている人工物によって引き起こされている場合もあるかもしれないと思いました。


自分との対話によってそこに気が付き、なるべく可能な限り取り除いたり減らしたりできれば、私たちがもともとお腹の下に持っている「元気」が回り始める。
そうすると人生が輝いてくるのではないか。人生を輝かすためにやるべきことは、実はとても単純なことなのではないか、そういう風に感じました。

この他、些細なことも沢山気が付きましたが、これくらいにしておこうと思います。

皆さま、今週もお疲れさまでした^^♪

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by atelierkei-0520 | 2018-05-13 21:04 | 日々の気づき