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2018年 10月 19日 ( 1 )

「願望実現」のほんとのとこ④「ない」から「ある」に変わるとき。

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「願望実現」のほんとのとこについて書いている。
今までの投稿↓
・「願望実現」のほんとのとこ①
・「願望実現」のほんとのとこ②
・「願望実現」のほんとのとこ③

いろいろ書いたけど、言いたいことは、スピリチュアルで言われている、「引き寄せ」やその他の幸せになるための「やり方」って言うものは、その人がある状態にならなければなかなか成果を感じることは難しいってことだ。

「願望実現」について考えるとき、一番大切なことは、その人の核が「ない」状態から「ある」に変わることだと感じている。
なぜならこの変化を経験して初めて人はこういったものに対して手ごたえを感じるようになるんじゃないかと感じているから。

で、この「ない」「ある」っていう言葉をもっと別の表現をするとこうなる。

自分は愛されているのか。

この質問に、心から「yes」と答えられるのが「ある」状態。
「no」もしくは「条件付yes」の場合は「ない」状態。

「ある」状態の人と「ない」状態の人が同じことをしても結果がちがってくるんだ。
「うまくいく人」と「いかない人」みたいに。
だけど、この「ない」から「ある」に変わるその変化というものは、私はどんな人にも必ず起こると思っている。
なぜならそれが「アセンション」だから。


でね、「自分は愛されているのか?」って質問をイメージしたときに「誰に?」とか「何に?」とかが思い浮かぶ場合は、まだ「ある」状態ではないように思う。
「自分は愛されているのか?」と聞かれて、何の抵抗もなく、「誰に」とか「何に」っていう疑問もなく、即答で「yes」と答えられたときが人は「ある」状態なんだ。
なぜかというと「誰に」とか「何に」とか、そこを反射的に考えてしまう場合は、ある意味「○○だったら愛される」とかいう「条件」と同じで、自分の中にたくさんの制限があって無条件の「ある」というエネルギー状態ではないんだ。

そして、なぜそこに「誰に」とか「何に」っていうものが表現されないのかっていうと、これは感覚の話なのでややこしいとは思うんだけど、私はこんな風に感じている。
「自分は愛されている」の「誰に」とか「何に」っていう部分には、「何もない」っていうよりは、とてつもない「何か」がある。
例えるなら「親」とか「パートナー」とか「子供」とかそういった今までは「愛」というものを考えるときの根幹に感じていた最も親しい、最も近くにいる、最も濃い人間関係の誰かでさえも及ばない、それからスピリチュアルでよく言われる「自分を愛す」とかいう「自分」とか「魂」とかでもしっくりこない、言葉では言い表せない大きな大きな、今の自分では全てを捉えることの出来ない、なにかとてつもないものが入る。
それは3次元の私たちの言葉に置き換えることが出来ないものなんだけど、もしぎりぎり妥協できる言葉があるとするなら「宇宙」とか「サムシンググレート」ってことになるのだろうか。
でも、やっぱりなんだかそれさえも超越した「何か」で、それはなんと言うか「愛」というエネルギーそのもので、限りなく静かで、明るくて、光で、暖かくて、ばかでかくて、もはや何なのかわからないけど、そこを少しでも感じると、そこには無限に広がる「安心」「安らぎ」があるんだ。
で、その存在を感じた時には感じているにもかかわらず、それが何なのかってことにはこだわらない自分がいるというか、いやそうではなく、それが何なのかは自分というものの捉えられないくらいの深い部分で実はもう知っているってことを感じる。ただ確かに「ある」と思うんだ。

私はこの存在を感じることが出来たとき、人は変わると感じている。人は「ある」状態になるのだと思う。

私は少し前にこのばかでかい何かに触れてしまった瞬間があって、その瞬間にまるで宇宙のビックバンそのもののように自分が爆発し、自分のハートの中心から光が放たれてそれによって、今までの全てが、周りに広がっていた私の過去も含めたいろんなこと全てが光に変わった感覚になった。
そのときに「ああ、これがほんとの特異点なのかもしれない」とも思った。
でね、本当にこう思った。
「ああ、あったんだ。本当はあったんだ。ないと思っていたのは私の幻想で、全て私にはあったんだ」って。
「ない」から「ある」への変化に必要なのは、「足りないものを補う」感覚ではなくて、
「思い出す」こと。
沢山の自分の思いに向き合ってそれをしっかり受け止めていけば、必ず「ある」は表れる。

その「ある」が表れると、すごいことが起こる。
自己肯定
本当の意味での「自己肯定」が自分の中に「核」として存在するようになる。
あんなに難しかった「信じる」ってことがすんなりと、いとも簡単にできるようになる。

「自分を受け入れる」っていうのは、実はこんな感じの流れの中でいつの間にか起こってしまうもののような気がしています。
補うんじゃなくて、頑張るんじゃなくて、自分自身の目の前で起こるすべての事を、ただ受け止めて見つめていくことによって、いつの間にか目の前に現れるもの。
だから、今もがいているどんな人にも必ずその瞬間はやってくると思う。ちょっと時間が必要だし、コツも分かるとやりやすくもなる流れだけど。

で、この状態になって初めて、人はその瞬間をどんな波動で生きるのかを選択できるようになるんです。
その選択が出来るようになると、人は自分の人生に満足しだすような気がしています。

そんな話をまた次回。


今週はタブレットの故障でなかなかブログが書けませんでした^^;
で、なんと、今日ついにタブレット「初期化」決定!!
タブレットの古いエネルギーが一新されてしまうようです。。とほほ。。






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by atelierkei-0520 | 2018-10-19 18:13 | 日々の気づき