じぶんを知ろう♪アトリエkeiのスピリチュアルなシェアノート

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バイバイ♪ シャーマンの記憶

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9月9日は、どうもすごいエネルギーだったように感じています。
8日から急激に体が重くなってきて、突然喉が痛くなってきました。
そして9日に入ると、体の各パーツがばらばらになったような歪みを感じて、本当にしんどかったです。
10日も少し引きずりましたが、今日はいつもどおりに戻っています。

毎度のことですが、流れというのはすでに計画され、私たちは完璧にそれをこなしているようです。
3年前の「9月9日」のことを書いた記事がアクセスが多くなっていて、「何書いてたっけ??」と見直すと、
「あ~~!!これってライオンズゲートから9月9日の辺りに起こったことだったっけ!?忘れてた!」という内容でした。
この時のことはちょ~個人的な話しだし、なんともいえない話なのでここにはまだ書いたことはないんですけど、すごく衝撃的なふしぎ体験をしていました。

で、今またこの時とは違ったふしぎな流れを体験しています。
今年は「ライオンズゲート」でそもそもに立ち返り、その流れで「ホ・オポノポノ」を本気でやるようになり、その中で、自分の中の魂の記憶にこの「ホ・オポノポノ」に通じる何かがあるのだということ、いまさらながらを知りました。

そして、今日、この流れの中で、私が本当に向き合わねばならなかったことに気がつかされ驚いています。
それは、人類の「シャーマニズム」の歴史でした。
人類なんていうと大げさですね、「私」という魂が経たシャーマニズムの記憶というべきかもしれません。

私はもともと、オカルトの類はあまり興味がなかったので、この「シャーマニズム」というカテゴリーはあまり詳しくはありません。
興味がなかったというよりは、完全に「いかがわしいもの」「謎のもの」という認識でした。
科学的ではない未開の地の人たちの信仰。そんな認識でした。

でもスピリチュアルを学んだり、最近のメディアのそれらに対する取り上げ方も変わってきたせいもあって、「シャーマニズム」といえば謎の信仰のイメージだったのが、そこにネイティブアメリカンなどに代表される自然と共に生きる人々の神秘的なイメージが加わり、今は肯定的なイメージに変わっています。
また今のポリネシア辺りなのか、そういう島で暮らす先住民だった過去世もみているので、自分も無関係ではなかったのだと思うのと、その時の記憶が穏やかなものだったので、やはりいいイメージを持っていました。

今の私たちが忘れてしまった、実は超高度なエネルギー的な知恵を持っている人たち。またその人たちの文化。
「シャーマニズム」の定義とはちょっとずれてくるのでしょうが、この辺りを思うとそんな人や文化のイメージのようなものがポワンと浮かぶようになっています。

自分や他の人の魂の記憶の中に、この知恵が封じられる場面を何度か見て、その終わり方に「しかたがなかった」と思いながらも寂しさを感じていました。
先日ジュエリーの仕事でデザインのイメージを探していてたまたま見つけたインカの文明が終わったときの話を知った時も、同じでした。

「なぜ終わったのか」
それは地球上がこの素晴らしい知恵を持った集団が存在できる波動の世界ではなくなったのだということは感じましたが、そこをもっと掘り下げることはしませんでした。
大きな目で見れば、こういった文明を滅ぼす要因になった別の価値観を持つ文明も「必要だった」といえるのだとはわかっても、やり口は気に入らず、なんとなく「滅ぼされるもの=被害者」「滅ぼすもの=加害者」という図式が頭の片隅でいつもくすぶっていました。

でも今日、その滅ぼされる側の「被害者」と思っていた人々の中に「こんなものなくなってしまえ!!」という自分たちの文化に対する怒りがあったということを知りました。
そしてそれは、私の中にもあり、それがスピリチュアルという世界に懐疑的だった自分の土壌になっていたのだと気がつきました。
そしてそれは今でも私の中の「重石」になっている気がしています。

物事は波動が高くなればなるほど「シンプル」になっていきます。
そして低くなればなるほど複雑にややこしくなっていき、決まりや駆け引きが多くなっていきます。

シンプルだった「祈り」が、時間を経て人々の意識が3次元に沈んでいくことにより、それは複雑な「呪術」になっていきました。
すべては、ただ「認められたいがため」「自分だけが認められたいがため」。
そして、それは「まとめる」という表現の「束縛」「支配」でした。

そのために様々なエネルギーを巻き込み、だまし、束縛し、そして自分自身もがんじがらめになっていった、そういった側面がシャーマニズムの歴史にはあったようです。

私たちが、一度はスピリチュアルという世界を自分たちから切り離したのには、今改めて別の視点から見るためだったのかもしれません。
そうやってそこから抜け出すしか方法はなかったのだと思います。


モーナ・シメナオ氏から始まって、ヒューレン博士やKR女子に引き継がれた「ホ・オポノポノ」の本の中には、あまりそれ以前の話がありませんでしたが、それが何故なのかが理解できました。
彼らが紹介してくれる考え方はとてもシンプルです。
この考え方を理解して、今やっと私の中の記憶は本当の意味で修正され、「重石」は解消されて行っている気がしています。
「スピ」に対する抵抗の気持ちは、よく「魔女狩り」の記憶を持つ女性に見られますが、こういった古い「呪術」にまつわる負の記憶も多いのかもしれないな~と思ったのでした。

でも、一つだけいえることは、こういった類の「呪術」はもう使えないってことです。
そもそも、不可能なのです。
だって、もう地球が3次元じゃないから^^
「自分は3次元で生きている」と思い込んでる人同士の間では、可能かもしれないけど、
そうじゃない人たちにとってはもう異次元の話です。

残っているのは、その時の記憶だけ。
「記憶」だと気がつけば、さよならすればいいだけです。

私は今日、さよならしてみました。
そうしたら、外で雨が降り出しました^^
浄化の雨が降ってくれたようです。
とても優しい雨でした^^


by atelierkei-0520 | 2019-09-11 23:19 | ◇日々の気づき