じぶんを知ろう♪アトリエkeiのスピリチュアルなシェアノート

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「わかる人」「そうでない人」

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今日ちょっとしたきっかけで、「スピリチュアルであるか、そうでないか」とは?という話になった。
この場合の意味としては「サイキックな能力があるか、ないか」という意味だったので、世の中の「わかる人」「そうでない普通の人」というくくりで、そこの線引きはどこなんだろうという話になった。

私の結論から言うと、
「わかる人」なのか「そうでない普通の人」なのかって言うのは、
その本人が「わかる・感じる」と認めているか、認めていないかの差なんじゃないかな~って思う。

「わかる人」は「わかる」と思ってるから、ふとした瞬間に何か感じたら、人に「わかる」とか「今わかった」って言っちゃうし、それを聞いた人はその人を「そうか、わかる人なのか」と受け入れるし、
「そうでない普通の人」は「わからない」と思ってるから、ふとした瞬間に何か感じても「気のせい」「思い込み」なんて思って、人には言わないか、わざわざ「私はぜんぜんわからないから」なんて言う。


だから、本当の意味で「そうでない普通の人」なんていないよねって思う。
だって、どんな人も何かしらいつも周りに漂う「何か」を感じているよね。

例えば一番わかりやすいのは
「あの人うれしそうだな」とか「この人は何かなやんでいるのかな」とか、合ってるか間違ってるかは別にして、人の持つ雰囲気なんかかもしれない。
「わかるか」「わからないか」なんていうのは全部これと同じようなこと。
「この場所なんかいい感じだな」とか「今日はなんだか特別な感じのする日だな」とか、対象物を変えていくだけでいい。
頭で推理するんじゃなくて、心で感じたことを頭で認識するまで持っていくことを「OK」にすると、「わかる」人になる。

「サイキックな能力」というものはどんな人にも備わっている人が持つ基本的な能力の一つ。
強弱はあると思うよ。生まれつきのDNAの差ってとこも始めはあるだろうと思う。
それから、キャッチしたものがどこから発信されているか見極められるかってとこも大切なポイントだとは思う。

いろいろあるけど、強弱を大きく左右するのは結局は「対象にどれだけ興味を持っているか」だと思う。

今日は参議院選挙でした。
今回は頭でいろいろ考えて投票するのではなく、テレビのニュースで候補者の主張をインタビュー形式で紹介してくれるコーナーで、その候補者のしゃべる姿を見て心が一番いい反応をした人に1票入れてみました。
こんな風に、自分の心が感じていることに耳を傾けるのも日常を送る上で一つ面白いやり方だと思っている。
選挙もなんか楽しかった^^


風邪もやっと完全に抜けました。。
意外と長引いてしまった今回の風邪。。
でも何やら「節目」だった気がしています。


by atelierkei-0520 | 2019-07-21 21:39 | ◇つぶやき