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3次元の終了を告げる映画「美女と野獣」実写版の話

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今日は先日見に行ったディズニー映画「美女と野獣」実写版の話。
もしこれから見に行かれる予定の方で、先入観なしに見に行きたい!という方は今日のブログは読まないでくださいね^^


見終わったあと、この映画は「3次元」が終わることを私たちに告げる映画だと感じてしまった。

映画の中にはかつて3次元にあった主要なエッセンスがギュッと凝縮されてそこにあって、当時はその中でもがき続けた私が、今は映画を見ることでそれを俯瞰して見ている。そんな感じがした。
だから、あの人もあの人もあの人も知ってる。どの人の経験も知っている。そんな気持ちになって、映画の間中、涙がいっぱい出てしまった。
これは悲しいとか、感動とか、感激とか、そんなんで涙が出たのではなく、涙が出たのは「共振」したから。
私は涙は「真実センサー」だと思っていて、向き合っている何かと自分の中の何かが共振した時に涙が出ると思っている。
「美女と野獣実写版」は「共振」しまくりだった。

映画は、わがままな王子が魔女に野獣にされ、人々の記憶から消され、本当の愛を知るまでは永遠に元に戻れないという有名な話なのだけど、全てが「3次元」の世界の比喩なんだと今回初めて気が付いた。
お話では魔女が王子を野獣に変え、愛を知ったら魔法が解ける、そうあるけど、本当はそうじゃないね。魔法をかけたのは魔女じゃない。
本当は魔法をかけたのは王子自身。
王子の高い意識が「愛」を知りたいと願い、そのためのプランとして低い意識の王子はわがまま放題で満たされない自分をどこかで「俺は野獣だ」と思い、魔女を呼んだ。
そして、本当の愛を知って王子の魔法は解けることになっているけど、ここも本当に魔法が解けた瞬間はそこじゃなかった。
塔の上で悪役に「野獣よ」と言われた時、「俺は野獣じゃない!」と王子が心の底から言うその瞬間こそが、本当は彼自身がかけた魔法が解けたとき。
すべてはここなんだ。
自分が自分のことをどう思ってるか。
それが世界を決めるし、その為にそれぞれ別の目的を持った人たちがベストなポジションに就いて、それぞれが自分の人生の主役でありながら、誰かのためのわき役になる。
でね、スピリット達はいつも言っている。全てを演じ尽くして、この人生が終わった後は、まさにこの映画の魔法が解けたその後のようになるんだって。
「あれ?なんであなたのことを忘れてたのだろう」「なんでここのことを忘れていたのだろう」って。

映画の時代には一つの人生が終わるまでみんな魔法がかかったままだったけど、まだまだ演じてる途中の、今生きている私たちは人生の途中にもかかわらず、なんと魔法が解けていっているんです。一人一人が素直な自分に戻ること、本当は全てあって、もう沢山学んだんだって気がついてくと、自分が解放されると同時に、周りの役者たちも、本来の素直なその人たちに戻っていく。悪役が解放されていく。
それが「アセンション」なんですね。

この映画は「終わるよ!お疲れ様~♪」そんなコードを音楽という体感できる波動によって肉体の細胞に運ぶ役目を持っていると感じました。
「すごいな、誰だ?」と思っていたら、なんと映画の最後辺りで画面ど真ん中に、金色の甲冑を着た「大天使ミカエル」が登場してびっくり!!
だから映画を見に行く途中の階段に「白い羽」が落ちてたんだね^^
ミカエルさん、すごいね!と思ったのでした。

「忙しい」と言いながら、映画に行ってるじゃんという突っ込み、そうなんですよ。そこも理由がありまして。その話はまた次回^^

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by atelierkei-0520 | 2017-06-07 23:55 | つぶやき