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私たちと現実④

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私たちが魂の中に作った「現実」のための空間、それが「シアター自分」。様々な存在に助けられ、この「シアター自分」で繰り広げられる演目「人生」を体験していく。
そんな中、出演者の他、ガイドさんや守護天使さんなどの「魂のサポートチーム」以外で関わっていくことになるエネルギーがある。

その代表的な存在が「幽霊さん」たち。
「幽霊」さんとは、どんな存在なのか。
彼らは、私たちのように「シアター自分」を持たない。というか持てない。
なぜなら、「シアター自分」とはそれぞれの魂の中にしか持つことできない空間だから。
彼らは魂に帰る時、あまりに強い思い=特定のエネルギーを持っていたために、そのエネルギーにとらわれるあまり魂に帰るのを忘れてしまった迷子のような存在で、しかも彼らが持っているのはその時の「自分の感情」だけで、生きていた時の「彼ら」のかけらのような存在だと思っている。
だから、彼らには「過去」「現在」「未来」がない。彼らには「その時」しかない。それは時間を体験できないということで、時間が体験できないと「経験」できない。
人は「経験」を通して、抱えているものを光に還すのに、彼らは抱え込んだものを浄化できないのだ。
だから彼らは、自分と同じエネルギーを「シアター自分」の中に持っている人を探す。
その人物の管理している「シアター自分」の中に入るための小さな扉が運よく空いている時があって、それを見つけた時にそこから入っていき、その人物を通して「時間」を経験する。そしてその人物の人生の中の自分と似たエネルギーを一緒に体験する。
幽霊さんについては、とっても深い話になるので、ここでは簡単にこれくらいにしておく。
幽霊さんにもいろいろあって、自分に必要な幽霊さん、つまり出演依頼をしている幽霊さんとうっかり入れてしまった幽霊さんがいて、うっかりの方は守護天使さんらが大体は外に出してくれるのだが、たまに「シアター自分」の絶対責任者である「自分」が盲目的にその幽霊さんの滞在を許してしまう場合もある。
でもその場合も、深い目で見れば、やっぱり必要でそうなっているので、出演依頼しているともとれる。
似たタイプのもので「人の念」というのもある。
これは、その人が目の前の出演者のホログラムに固執するあまり、相手の「シアター自分」にまでエネルギーを飛ばしてしまい、入口が開いている時に入ってしまう。飛ばした人間はほぼ無自覚。
受け入れてしまった方は、自分の入口が開いてしまっていることを知らない。
この手の外部からの侵入というのは、「人生」の内容をオーバーにしてしまう。つまりそこまで経験しなくてもいいのにっていう状況にしてしまうので、なるべく避けたい。けれど、オーバーに体験してこそわかりやすくなるという面もある。
そしてこの外部からの侵入は必ず、その「シアター自分」の入口が無防備であり、かつ、シアター自分の内部の気圧、つまりその人の波動がやってきたエネルギーと近い時に起こる。そうでなければ入ることはできない。
だから、「幽霊」や「人の念」とは、仕組みを知れば、そんなに恐ろしくはない。扉をキッチリ閉める。これは「引き受けない」と宣言すること。
もっといいのは波動を常に高く保つこと。扉が開いていようが閉まっていようが入ってこれないから。

ただ、人の心は複雑で、様々なエネルギーを併せ持つ。
また仕組みを知らないのが今までの私たちだったので、どうしても入れてしまう時がある。
だから「真の魂の学び」以外でなるべくそういうエネルギーを引っ付けないように、また自分でも出さないように、「サポートチーム」が存在しているのだ。
一番たぶん効果があるのは、守護天使さんにお願いし、その後は守護天使さんにお任せして「安心する」こと。
「安心する」っていうのが特に重要。これは波動を高く保つことでもある。「チーム」の強みを最大限に活かしていて無駄がない。

「シアター自分」の天井はマッジクミラーのようなものでできている。つまり、私たちは中から外は見えないが、外からは私たちの「シアター自分」で繰り広げられている光景が見えている。
ここから、私たちを見つめている存在が、「大天使」や「アセンデッドマスター」などの高次元の存在。
彼らはとても高い視点を持っているので、私たちの体験することは全て大切なものだと知っている。それは脚本1だろうが脚本11だろうが変わらない。
だから大きなあったかいエネルギーで「シアター自分」が無事であるように外側から包み込む。だが、そんな彼らとの関係も今はちょっと違ってきている。
なぜなら、私たちの魂自身が次の進化を望んでいるのをハイヤーセルフを通じて、高次元の存在と私たち自身も知っているからだ。
そしてその中には、彼らのエネルギーと直接かかわることも含まれる。
私たちはこの「シアター自分」の天井にあるマジックミラーを可動式のスタジアムの天井のように、開くことができる。
私たちが望めば、自由にその場所にいる高い次元の存在と交流し、たくさんのヒントや知恵をもらうことができるのだ。
自分がそれを開くボタンを持っていたことを知り、操作を習得することでいつでも開くことができるようになる。
そこから見える世界は、高く美しい空と、その先は宇宙。
ここを開けるようになると、その綺麗な空に存在するさまざまな存在と交流することができる。
もちろん彼らの波動に近づくために、私たちも波動を上げなければいけないのだけど。
私たちは美しい空をみて、興奮したり、感動したり、一瞬時間を忘れたり、そういう体験をするためにわざわざしんどい思いをして山を登ったりする。
空や太陽やそんな風景に感動する瞬間は、「シアター自分」の天井を開けられる可能性を感じている瞬間なのかもしれない。
自分にその力があること、その空の向こうのたくさんのエネルギーを感じられるから、空を見上げるのだ。

私たちはそのマジックミラーの天井を開けたいのだと思う。
自分たちは薄暗いシアターの中の一人ぼっちの存在ではなく、そとには広い空と宇宙があり、たくさんの素晴らしい存在がいることを本当は知っているから。


この「シアター自分」とは何なのか。
私はこれは「意識」だと思っている。もっと言うと「肉体」も含めた意識。
魂の中に「私」が確かな存在としてできる時「シアター自分」は「私の意識」として登場する。そして肉体を通して様々な経験をする。
「シアター自分」の可能性はとてつもない。その中で経験することは全て「シアター自分」が作るのだから。
だから、人間が持つ意識とは、私たちが考えている枠では収まり切れないとてつもなく大きな存在なのだと思う。

また「意識」についても書く機会があればと思っている。

とりあえず、「シアター自分」はおしまいです。

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by atelierkei-0520 | 2016-08-25 15:07 | スピリチュアルといわれる世界