アトリエkeiのスピリチュアルなシェアノート

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伝達の鳥

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見えない世界に開眼してから、ちょっと気になることがあった。それは「鳥」
近所は山が近いので、鳥は沢山いる。でも今まで鳥を確認するのは頭上を見上げたり、地面を歩くのを離れた場所から見たりと、あくまで鳥は風景の一部だった。
ところが、スピリチュアルな導きとやらが始まったばかりの頃から、時々、その鳥が風景ではなく、確かな体温を持った生命体として目の前に現れるようになった。ワンコの散歩などで、外を歩いている時、ふっと視線を感じ横をみると、丁度目線の高さ、距離にして1メートルくらいのところに見た事のない野鳥が街路樹にとまってジーとこちらを見ている。
1メートルはその場所から手は届かないが、相手の存在が風景ではなく、確かな重みや温かさが伝わってくる距離だ。「私の姿をあなたに見せてあげる」、そう言っていたわけではないのだけど、そんな人間と対等な、もしかしたらそれ以上の意思を持った存在に見えてなんとも不思議だった.

弟の遺骨が我が家に帰ってきた日の夕方、まだ青空がうっすら赤くなり始めた頃、母と茫然と外を見ていた。
弟が逝ってからお骨で帰ってくるまでの3日間。怒涛のような3日間。
動き続け、ほとんど寝てなかった。そして本当に信じられなかった。だから、家に帰った私たちはそれぞれの場所で茫然としていた。
気が付くと、我が家の周りに何羽もの野鳥がやってきていた。彼らはいつもみたいに庭の虫をハンティングしに来ているようではなかった。思い思いの場所から私たちの家を見ていた。そしてきれいな声で鳴くのだった。
本当に不思議なくらい一羽が去るとまた違う一羽かやってきた。そして正面の窓から見える場所だけでなく、隣で気配がすると思って横を見ると隣の家の屋根にまた一羽止まってこちらを見ているのが、隣の家側についている窓越しから見えた。
そんな感じでひっきりなしに鳥がやってくる中で、何度も何度もやってくる不思議な鳥がいた。お腹が赤く背のほうは青いその鳥は、「ちちち」でも「ちゅんちゅん」でもない不思議な鳴き方をして、その後かならず2回我が家に向かってお辞儀をするのだ。何度も鳴きお辞儀をして、また少し離れ、そしてまたやってきては鳴いてお辞儀をする。
いなくなったと思ったら、しばらくすると2階から家族の者が走り降りてきて、「なんか屋根にへんな鳥がいる!ダンスしてるみたいに屋根で歩いて鳴いてはお辞儀するんだ!見て!」とスマホの写真を見せられた。
「うん、その鳥、ずっといるんだよ。そしてほんとに何度もお辞儀するね。」「不思議だね」
私は、その鳥たちが「おつかれさん、おつかれさん」と言っているように思えた。

夜、誰かが「あの鳥、不思議だったな」と言った。その時不意に大天使から「鳥は祝福の象徴です」とメッセージが降りてきた。
こんな出来事のどこが祝福なんだ。
そう天に向かって毒ずくこともできた。私の中に確かにその視点もあった。
でも、こんな出来事の中にそうではない、確かなもう一つの視点があって、それがこの大天使の言葉を受け入れさせた。
そう思わないとどうしようもない、もう時間は戻らない。そういう中間の視点もあった。

「起こっていることの表面だけを見ていては、その奥の奥のことには絶対に気づけない。だからその深い部分を知ることがとても大切なことなんだ」
弟がこれとは別のことで伝えてきた言葉。このことを書いていて思い出した。

先日、新たなスタートを切った友人のブログにも同じ鳥が登場していた。そしてその人もまた鳥の不思議を感じたようだった。
私はこの鳥は一つの終了と新しいスタートを知らせに来たのだと思う。それはたぶん後から振り返った時にわかること。

だから、終了したところにはもう戻れない。
スタートか、足踏みか、そのどちらかしか残されていないことを痛感する。



by atelierkei-0520 | 2016-06-17 09:05 | ◇弟のおしえ